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愛川町から飛び立った特攻機 妻に宛てた遺書、郷土資料館で展示

社会 神奈川新聞  2015年08月04日 03:00

8月13日の特攻を紹介する特別コーナー=愛川町半原の町郷土資料館
8月13日の特攻を紹介する特別コーナー=愛川町半原の町郷土資料館

 1945年8月13日。終戦の2日前に愛川町の陸軍飛行場から訓練機を改造した2機の特攻機が飛び立った。そのうち1機の搭乗員の遺品が町郷土資料館(同町半原)で初めて展示されている。孫にあたる男性が当時の様子を調べるために同資料館を訪れたのが縁で実現したという。

 4回目となる企画展「戦争の記憶」は、同資料館が隔年でこの時期に開催している。戦後70年を迎えた今回は「相模陸軍飛行場」「出征兵士」「銃後の守り」「復興への足音」の4コーナーを中心に当時の写真や寄贈資料など96点を展示している。

 相模陸軍飛行場は同町中津の台地に41年に建設された。当初、訓練場として熊谷飛行学校の分教所が開設され、42~43年ごろから戦闘機部隊を配備、戦局の悪化に伴って特攻機の訓練基地にもなった。

 展示説明などによると、8月13日の特攻は夕方、静岡・伊豆半島下田沖に浮上した米軍潜水艦をめがけて行われた。旧式の「95式中間練習機」(通称赤トンボ)に50キロ爆弾を2発つけた2機の特攻機と、護衛の戦闘機「隼(はやぶさ)」1機が出撃した。護衛機も未帰還となり、最後の状況は不明とされている。

 今回展示されているのは、熊本県出身の本田続少尉(27)が残した遺書と日記。孫で東京都杉並区の会社員河田隆宏さん(45)が、本田少尉の長女にあたる母親(69)=大阪府在住=から頼まれて祖父の足跡などを調べるために同資料館を訪問したのがきっかけで、提供を申し出たという。

 遺書は便せんに7枚。「好機があれば、必ずや戦果を挙げる」「お前(妻)を心から信じてすべてを頼む」「どれほど書いても書き足らない」など出撃への決意や家族への思いがつづられている。

 河田さんは「祖父が特攻隊員だったことは知っていたが、詳しいことは分からなかった。インターネットで資料を検索、4月に飛行場の地元の愛川町郷土資料館でいろいろ教えてもらった。企画展が予定されていると聞き、現物があった方がよいと思った」と話している。

 同資料館の山口研一学芸員は「長女の方がおなかの中にいて、(出撃する)残念な気持ちがそのまま書かれており、当時の遺書では珍しい。愛川から直接特攻に出たのはこれが唯一だと思うが、一般にはあまり知られていない」と説明している。

 河田さんは「祖父たちの犠牲の上にいまの平和な時代があることをあらためて感じた。ただ、最後は大山(伊勢原市など)にぶつかったとの証言もあり、その点がまだはっきりしていない」と話している。

 企画展は31日まで。入場無料だが、車の場合は県立あいかわ公園の駐車場料金(500円)が掛かる。問い合わせは、同資料館電話046(280)1050。


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