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「反対するママの会」発起人 西郷南海子さん
時代の正体〈153〉譲れない平和な未来

時代の正体 神奈川新聞  2015年08月01日 10:39


 安全保障関連法案に反対の声を上げようと母親たちが立ち上がった。「安保法制に反対するママの会」。発起人の一人、京都大大学院生の西郷南海子さん(27)=鎌倉市出身=は3児の母。「子を思う母親が集まれば、これまでないことが起きるはず」。猛暑日となった7月26日、東京・渋谷でマイクを握った。 

 1歳と4歳、7歳の子を連れ、京都の自宅から向かった渋谷だった。街宣車の上に立つことなど、もちろん初めてだ。緊張を打ち消そうと声を張り上げた。

 「私たちにはお金も権力もありません。しかし、自分の声と体があります。この声と体を使って『誰の子どもも殺させない』という世の中をつくりたい。そういう思いで今日この場所に集まりました」


街宣車の上に立ちマイクを握る西郷さん(左から2人目)=7月27日、東京・渋谷
街宣車の上に立ちマイクを握る西郷さん(左から2人目)=7月27日、東京・渋谷

 ハチ公前広場を埋めた参加者は千数百人に膨らんでいた。合言葉は「だれの子どもも、ころさせない」だった。

 ある朝、テレビ番組で「ヒゲの隊長」こと元陸上自衛官の佐藤正久・参院議員(自民党)が「徴兵制はあり得ない」と力説しているのを目にした。

 「現代の兵器は技術的に極めて高度で、10年間訓練しなければ操作できないから素人をかき集めても扱えないからだ、という趣旨だった。その想像力の欠如に寒気がした」

 徴兵制がなければよいのか。安心してくださいとでも言うつもりなのか。自衛官が扱うかもしれない兵器の先にあるものを想像してみる。

 「それは人の死です」


街宣車の上に立ちマイクを握る西郷さん=7月27日、東京・渋谷
街宣車の上に立ちマイクを握る西郷さん=7月27日、東京・渋谷

 街宣車の上、西郷さんの張りのある声が力強さを増す。

 「人は、誰かに命令されて殺したり殺されたりするために生まれてきたわけではありません。誰かの利益のための道具のように扱われ、利用されたあげく、ぼろぼろになって使い捨てにされる、そんな世の中はもう終わりにしましょう」

 殺し、殺されるためにわが子を生んだつもりもなかった。

触発され


 鎌倉市で育った。政治や歴史に関心を持つきっかけは父だった。小学校4年のとき、父から手塚治虫の「アドルフに告ぐ」という漫画を薦められた。第2次大戦下の日独を舞台にした作品で、人は戦争によって残酷になり、目の前の人を殺せるようになるという恐ろしさを刻んだ。

 県立湘南高校へ進み、1年生のとき、イラク戦争が起き、大変なことになると思った。世界でうち続く戦争はどうしたら止められるのか。それが知りたくて京都大法学部で国際政治を学んだ。大学1年生の2006年には教育基本法が改正されると聞き、国会前の座り込みに向かった。

 2人目の子を授かった半年後、11年3月11日、東日本大震災が発生し、東京電力福島第1原発事故が起きた。子どもやこの国の未来を考えると「脱原発」しか道はないと考え、デモに参加するようになった。


東京・渋谷のスクランブル交差点をデモ行進するママの会
東京・渋谷のスクランブル交差点をデモ行進するママの会

 渋谷でのデモの1カ月前の6月26日、西郷さんは国会前にいた。学生団体「SEALDs」(シールズ=自由と民主主義のための学生緊急行動)が毎週金曜日の夜に行っているデモだった。

 ビールケースの上に立っていたのは中心メンバーの一人、国際基督教大4年の小林叶さん(21)だった。

 「誰かが始めなければいけない。声を上げなければいけない。自分はちっぽけで何か言っても無駄と思っているかもしれない。だが違う。歴史の中でこの国を変えてきたのは一人一人の国民の声なのです。自分で考え語ることは自分にしかできない。なぜならそれが僕が僕であり、あなたがあなたである理由だからです。私たり得るために言葉を紡ぎましょう。国家に語らせるのではなく、自分の言葉で語りましょう」

 胸が震えた。前に進もう。私が私たり得るために。子を胸に抱き、声を上げ、その鼓動をも伝えよう。そう思った。

息苦しさ


 デモの場所に東京・渋谷を選んだ。「日本で最もエネルギーのある街。若い人と一緒に訴えたかったから」

 子どもをダシに使うなといった批判は覚悟していた。デモが報じられるとインターネット上に中傷があふれた。

 〈子どもを政治に利用するな〉〈親のイデオロギーの押し付け〉〈暑さで子どもがかわいそう〉

 「でも」と思う。「親である私が何を考え、どれだけの知識を得て、ここにたどり着いたのか。その姿を子どもに見てもらいたい」


東京・渋谷のスクランブル交差点をデモ行進するママの会
東京・渋谷のスクランブル交差点をデモ行進するママの会

 子どもには分からないとか、難しいからとか、政治から遠ざけた方が良いなどといわれるが、本当だろうか。「子どもはちゃんと考えている。よほど理にかなったことを言ったりもする」

 デモ自体、「無駄じゃないか」と言われたこともある。西郷さんが続ける。「意味を問うこと自体が不毛だ。それは生きる意味を問うているのと同じようなものだ。譲れないもの、大切なもの。それを語ることが無駄だというなら、こんなに息苦しい世の中はない」

泣かない


 街宣車の上で米海軍厚木基地の近くから来たという2児の母がマイクを握った。

 「子どもたちの未来がどうなるかと思うと心配で仕方ありません」

 高園薫さん(39)。

 「戦争の反省から生まれたこの憲法がある限り永遠に平和はそこにあると思っていました。でも民主主義と平和を壊す安倍政治によって、そうではないと平手打ちを食らったような思いです」

 熱い涙で言葉が詰まる。

 「平和が揺らいでいる現実に、母として立ち上がらなければと思いました。『お母さん、あのとき何していたの』と子どもに言わせられない。今日ここに来られない人の思いも込めて全国のみんなと手をつなぎ、廃案に追い込みましょう」

 西郷さんはこみあげる涙をこらえ、スピーチを見守っていた。

 「泣いた姿をみせれば、すぐに『女性だから感情的』『ヒステリック』と言われる。いろんなママがいていい。でも私にとってはこれは一つの政治の話。情に流されているのではない姿勢を示したかった」

 西郷さんは1歳のわが子を胸に抱き、先頭を歩き続けた。熱中症になる子どもを一人も出さなかったことが誇らしい。

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