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厚木ベース余録(1)縮小と増強 機能変遷

社会 神奈川新聞  2015年07月26日 12:39

厚木基地に降り立った米空母艦載機のEA18Gグラウラー(上)、基地内の礼拝所(下)のコラージュ
厚木基地に降り立った米空母艦載機のEA18Gグラウラー(上)、基地内の礼拝所(下)のコラージュ

 旧日本軍の築いた厚木基地は、戦後の日米安保政策を反映させつつ、70年にわたって存在し続けてきた。国と地方の関係をも問い直した「過密地の基地負担」の歴史とは-。30日の第4次騒音訴訟控訴審判決を前に、機密指定の解除された外交文書や当事者たちの証言からたどり直す。



 米海軍厚木基地(大和、綾瀬市)で今も使われている礼拝堂は、用途に似つかわしくない純和風の外観を持つ。

 1945年8月に厚木に降り立った連合国軍総司令部(GHQ)総司令官のダグラス・マッカーサーが、旧日本軍の建てた武道場を目にして「『礼拝に使う』と決めたといわれている」(基地渉外部)。

 内部には十字架や聖母像が飾られているが、板張りの壁や瓦屋根は当時のままだ。旧日本軍によって築かれ、現在は米海軍のアジアにおける一大拠点となっている厚木基地を象徴する場所だ。

 そしてそこは、多くの敬虔(けいけん)な米軍人や家族を迎えただけでなく、移り変わりゆく米軍そのものも見つめてきた。

 朝鮮戦争(50~53年)を機に基地として再整備された厚木だが、70年代には米軍が撤退寸前に至った。ベトナム戦争で膨らんだ国防費圧縮を狙い、米ニクソン政権が在外部隊の大削減を図ったためだ。

 「無差別に“大なた”が米軍基地に振るわれるようだ。厚木が閉鎖されるとのうわさもある」。駐日米大使アーミン・マイヤーは公電で、急激な基地整理は緊急時の拠点を失いかねないとの懸念を伝えている。

 70年12月、在日米軍基地の大幅整理をめぐり日米両政府が合意。米軍は厚木から撤退こそしなかったが、機能を大きく縮小する内容だった。米軍機の大部分は半年以内に移転。日本政府が基地の運営維持の責任を負い、共同使用とする-。

 だが、ほどなく米軍は方針を転換。即応力維持のため、横須賀に空母「ミッドウェー」を配備する構想を固めた。艦載機の陸上拠点として厚木は新たな機能を帯び、増強に向かう。

 その後、基地周囲の市街化が進むにつれ、航空機騒音や安全性をめぐる問題も深刻さを増していく。米軍機墜落による住民の死傷事故も起きた。国に対する騒音訴訟も続いている。

 2003年暮れに始まった在日米軍再編協議を、元防衛施設庁長官の山中昭栄(66)は振り返る。「米側は当初から『厚木の問題を協議してもいい』と言ってきていた。厚木は最重要事項だった」



 2005年10月、米ワシントンでは米軍再編の中間報告に合意する外務防衛担当閣僚会議(2プラス2)を翌日に控えていた。厚木から艦載機を岩国基地(山口県)へ移駐する構想が盛り込まれることも、決まっていた。

 「厚木は『過密地の基地負担』の最たるものだ」。日本側の当局者は移転の意義を説明する一方で、こうも強調した。

 「米軍に無料で土地を貸して場合によっては金も出す、そんなGHQの残滓(ざんし)のような同盟は終わりにしたい」

 日米協議に在日米大使館幹部として関わってきた元米国務省日本部長ケビン・メア(60)は「『過密地の基地負担』という事実は日米の全員が理解していた」。艦載機移転は自然に固まったと振り返る。

 一方でメアは、今後の日米部隊連携の必要性も強調する。「新たな脅威に対応するため、日米が一緒に抑止力を向上することが不可欠。集団的自衛権の行使容認を受けて、日米間のネットワークで相乗効果を上げるようにすべきだ」

 基地の共同使用を通じた日米部隊の連携深化は、40年前の在日米軍縮小時にも議論されていた。

 1973年9月。訪日中の米国防副長官、ビル・クレメンツが、外務省で幹部と会談した。機密指定の解除された米側の公文書に、内容が詳述されている。

 ひとしきり東アジアの外交情勢について意見を交わすと、クレメンツは「在日米軍基地の実情」に関する日本側の考えをただした。

 外務省幹部は「以前よりも状況は複雑だ。今では、地域住民への影響に関して自治体からの働きかけが強まっている。頭が痛い」。その後を、別の幹部が続けた。「デタント(米ソ緊張緩和)の進展で、地域住民は米軍の必要性を感じていない。日米地位協定や国内法に触れないよう、細心の注意が必要になっている」

 話題は、自衛隊と米軍の基地共同使用に移る。

 「着実に進めたい」。クレメンツが水を向けた。外務省は「いい提案だが、地域は民間利用のため基地返還の方を望んでいる」と説明した。

 これに対してクレメンツが強調したのは、共同使用が象徴する日米連携の意義だった。

 「ニクソン大統領も言ったが、デタントには強さが欠かせない。弱い立場では深刻なトラブルに陥る」

 厚木基地では71年から米軍と海上自衛隊の共同使用が始まっている。空母艦載機のジェット機は2017年ごろに岩国基地(山口県)へ移る予定で、その後の厚木では海自の航空部隊が存在感を増す公算が大きい。だが、米軍幹部は「厚木は今後も重要な拠点」との発言を繰り返している。米軍のヘリコプター部隊は厚木に残る予定だ。

 安全保障上の要請を受けて厚木が新たな機能を帯びる可能性が今後もあることは、歴史が証明している。 =肩書は当時、敬称略


厚木基地をめぐる経緯
厚木基地をめぐる経緯

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