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横浜・黄金町浄化10年
ゴールドマイン(7)街と人、結ぶアート

社会 神奈川新聞  2015年07月24日 12:50

ガード下から様変わりした黄金町を眺める山野真悟さん。「この仕事を続けるがために、家族をほったらかしにしてしまっているんです」と自嘲した
ガード下から様変わりした黄金町を眺める山野真悟さん。「この仕事を続けるがために、家族をほったらかしにしてしまっているんです」と自嘲した

 「売れないアーティストです」。司会者に茶化(ちゃか)されながら紹介されたアートディレクターの山野真悟(64)は、照れくさそうに登壇した。

 今春、横浜・黄金町のガード下のスタジオで開かれた記念パーティー。山下達郎や春風亭小朝らとともに2014年度芸術選奨の文部科学大臣賞を受賞した山野が主役だ。盛大な祝福の拍手が、この街で勝ち得た人望を物語っていた。

 山野は福岡県粕屋町から07年、黄金町に移り住んだ。県警の一斉取り締まり「バイバイ作戦」で売春宿が一掃された後、ゴーストタウンと化した街の「アートによる再生」を、横浜市から託された。福岡・天神の街全体を美術館化する企画をやり遂げた実績を買われた。

 一方で住民は「アートで街づくりができるのか」と戸惑った。売春の残した汚れをえたいの知れない「アート」で覆い隠すような小細工に思えたからだ。不動産会社を経営する石井律子(41)は「まるで白いペンキをぶちまけられたような気分だった」。住民が望んだのは「普通の街」だった。

 芸術になじみの薄い地にとって自身が「招かれざる客」であることを、山野も痛感していた。アートとは何か。アートで何ができるか-。売春宿の空き店舗で展示や創作を展開する08年の祭典「黄金町バザール」を、監督として10万人を集客する成功に導きながらも、山野は反芻(はんすう)していた。

 「この街に腰を据えよう」。山野は腹を固める。バザールが終わったら帰郷するつもりだったが、ともすると売春街に逆戻りしかねない黄金町を放っておくわけにはいかないと思い直した。「普通でない街」だからこそ、アートの秘める可能性に賭けてみたかった。

 横浜市は08年、180軒に及ぶ空き店舗の借り上げを開始。山野らは翌09年、芸術家の入居を仲介するNPO法人を旗揚げする。

 これまでに75店舗がアトリエやスタジオに転用され、画家や工芸家ら47組の芸術家の創作拠点に再生された。バザールは毎秋の祭典として定着。地元商店と芸術家が食材や作品を持ち寄るのみの市も、ガード下で始まっている。

 木工職人の西村真人(33)は元売春宿のアトリエに住み込んで丸4年。「よそ者」を自認していたが、心境の変化を感じるようになっている。

 「売春街の復活を願うようなネットの書き込みを許せなくなった。この街に愛着が芽生えてきたのかな」

 かつてはアートの効力をいぶかっていた石井も、14年7月、県警に摘発されたストリップ小屋「黄金劇場」をスタジオに改装し、若手建築家やライターら9人の入居を仲介した。「人の息吹が宿る街に、闇は巣くわない。彼らなら光で照らしてくれると思った」

 山野は受賞パーティーで、ともに街づくりを進める住民、市職員、県警警察官、芸術家仲間をたたえた。「最高のチームをつくったと自負しています」。還暦を過ぎてなお、アートの底知れぬ可能性に驚かされるという。その真価は、人と人を結びつける力なのだと。 =敬称略


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