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〈時代の正体〉川崎市、全国初ヘイト事前規制の指針策定へ

時代の正体 神奈川新聞  2016年12月28日 02:00

川崎市人権施策推進協議会の阿部浩己会長(右から2番目)らから報告書を受け取る福田市長=市長応接室
川崎市人権施策推進協議会の阿部浩己会長(右から2番目)らから報告書を受け取る福田市長=市長応接室

 【時代の正体取材班=石橋 学】川崎市のヘイトスピーチ(差別扇動表現)対策を審議してきた市人権施策推進協議会(会長・阿部浩己神奈川大法科大学院教授)は27日、ヘイトスピーチによる人権侵害を未然に防ぐため、公共施設の利用を制限するガイドラインの策定を福田紀彦市長に提言した。報告を受けた同市長は任期中の来年11月18日までにガイドラインを策定し、公表する考えを表明。実現すればヘイトスピーチを事前に規制する全国初の施策となる。

 報告書にはこのほか、ヘイトスピーチを含む人種差別など人権問題に幅広く対処する条例の制定と、差別書き込みの削除要請を行うインターネット対策も盛り込まれた。同市長は「重く受け止める。しっかり精査して取り組みにつなげていきたい」と前向きに応対。条例の制定については「差別と偏見のない社会の実現が大事。市民を巻き込み、一人一人の人権を大事にしていくということを幅広く議論していきたい。若干時間がかかってもオール川崎で議論していきたい」との方向性を示した。

 ガイドラインは公園や市民館など公共施設の利用に関する各条例の解釈指針となるもの。ヘイトスピーチが行われることが具体的に明らかな場合、利用申請を不許可にすることができる。ヘイトスピーチの定義を明確にし、第三者機関を設けるなど手続きの厳格化と慎重な運用により、憲法で保障された表現の自由は保たれるとした。

 同様に、事前規制の法的根拠となる条例も恣意(しい)的運用の歯止めとして不可欠なものと位置付けている。

 前例のない事前規制の必要性について、阿部会長は川崎市がヘイトデモの現場となってきたことを踏まえ、「被害が甚大になって事後的に対処すればいいという類いのものではない。いま川崎市が踏み込まないと他の自治体に影響が出る。地域の実情に応じ、地域から全国の水準を上げていくべきだ」との見解を示した。

 市内では在日コリアンを標的にしたヘイトデモが2013年5月から繰り返されてきた。今年5月、福田市長はデモ主催者の公園使用を認めない判断を全国で初めて下した。ヘイトスピーチ解消法の成立を受け同市長は7月、ヘイト対策は喫緊の課題として同協議会に優先的な審議を要請していた。

【記者の視点】尊厳守る歩み また一歩


 川崎市人権施策推進協議会が福田紀彦市長に報告した提言は、ヘイトスピーチの事前規制は行政施策として行うべきで、かつ実施可能であると示したことに意義がある。

 前提となっているのは、ヘイトスピーチによる人権侵害は回復困難な重大なものだということだ。存在の否定と恐怖が自己否定の念を刻み付け、生きることを諦めるまでに心身を傷つける言動が自由として守られてよいはずがない。

 難しいとされてきた線引きも、規制に慎重な立場の憲法学者も交えて議論を重ね、明確な定義、厳格な手続き、公正な運用をガイドラインや条例で定めることで、表現活動を守ることとヘイトスピーチ規制は両立できるとの結論に達した。

 協議会での審議だけではない。ヘイトスピーチ解消法の成立・施行後、6月の横浜地裁川崎支部に続き、大阪地裁も今月、ヘイトデモを禁じる仮処分を出した。ヘイトスピーチ常習者に対する法務省の勧告も相次ぐ。そうした積み重ねにより「ヘイトスピーチが表現の自由から逸脱しているという認識が固まってきている」(阿部会長)。

 何より全国で初めてヘイトデモ主催者の公園利用を「市民の安全と尊厳を守るため」認めなかったのは福田市長自身だ。癒えぬ傷を抱えた被害者を目の前にして、ガイドライン策定を即座に表明したのも自然な流れといえた。

 条例制定もその延長線上にある。ガイドラインはあくまで緊急的な暫定措置。あらゆる差別の根絶に向けた歩みをより確かにする条例は、他自治体の同様の取り組みと、国による人種差別を幅広く禁じる、さらなる法整備を後押しすることになる。


阿部会長(左)の提言に耳を傾ける福田市長=川崎市役所
阿部会長(左)の提言に耳を傾ける福田市長=川崎市役所


 

「被害当事者の支えに」 在日コリアン期待


【時代の正体取材班=塩山 麻美】「ヘイトスピーチは許さないという姿勢が示せる。抑止効果になり、被害当事者の大きな支えになる」。ヘイトスピーチ根絶に取り組んできた「『ヘイトスピーチを許さない』かわさき市民ネットワーク」のメンバーは27日、川崎市へのヘイトスピーチ対策に関する提言に期待の声を寄せた。「行政と議会、私たち市民がオール川崎で受け止め、育て、条例制定に向かって共に歩んでいきたい」。喜びとともに前に進む決意もみせた。


会見した崔さん(右)、裵理事長(中央)ら=川崎市役所
会見した崔さん(右)、裵理事長(中央)ら=川崎市役所

 「守られた表現の自由の中で言葉の刃(やいば)が何度も刺さった。生きることを諦めたいと思ったこともある」。市役所で会見した在日コリアン3世の崔(チェ)江以子(カンイヂャ)さん(43)=同市川崎区=は、あらためて被害の深刻さを訴えた。提言されたガイドラインを「表現の自由と私たちの人権の両方を守る大切なルールだと思う」と受け止め、「傷つけられた心の事後の回復は困難。事前に人権被害を防げる、そんな希望のガイドライン制定、条例制定を期待したい」と力を込めた。

 同区桜本で差別のないまちづくりに取り組んできた社会福祉法人青丘社の在日2世、裵(ペ)重度(ジュンド)理事長(72)も「多民族、多文化共生を目指してきた先進都市の川崎市が実績を重ねてきた結果、今回の提言が出された」と評価。「市としても自らつくり上げてきたものを大切に、さらに広めていくという受け取り方の中で問題を考えてほしい」と話した。

 提言ではインターネット上の対策についても盛り込まれた。崔さんは「当事者が被害を認知し、行政に訴えて削除要請したり、裁判を起こしたりというのは二次被害、三次被害を生む」と自身の体験から指摘。「兵庫県尼崎市のように行政がきちんとネット上のヘイトスピーチをパトロールして、法務局に削除要請してほしい」と対策の必要性を強調した。

 7月には大阪市でヘイトスピーチの抑止を目的とした全国初の条例が施行され、川崎市で事前規制を盛り込む条例が実現すれば、やはり前例のないものとなる。「事後対応でも行政がきちんと条例を作ったのは画期的。大阪に続け、大阪を追い越せという気持ちで私たちも取り組んできた」と崔さん。「川崎の被害の実態が、いわばヘイトスピーチ解消法の立法事実とされた。解消法のバトンを受けた川崎市が一歩進んだ条例作りをすることで、他の自治体も勇気を持って条例制定に向けた議論が進められるはず」


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