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野毛・武蔵屋、今月末で閉店へ 流儀守り続け69年

カルチャー 神奈川新聞  2015年07月22日 03:00

武蔵屋の2枚看板、木村喜久代さん(左)と妹の富久子さん=2005年、横浜・野毛の武蔵屋
武蔵屋の2枚看板、木村喜久代さん(左)と妹の富久子さん=2005年、横浜・野毛の武蔵屋

◇“3杯屋”歴史に幕
 「コップ酒3杯まで」で知られる横浜・野毛の老舗居酒屋・武蔵屋が、今月いっぱいで閉店する。店主の木村喜久代さん(93)=横浜市中区=が「体力の限界」と決断した。のれんも品書きもなく、お酒はビールと日本酒だけ。流行には見向きもせず、先代から受け継いだ店の流儀を頑固に守り続けた“3杯屋”が69年の歴史を閉じる。

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 武蔵屋は喜久代さんの父・木村銀蔵さんが1919年、中区太田町に立ち飲み屋として開店。終戦翌年、現在地に移った。土瓶で燗をつけたお酒を、銀蔵さんがコップになみなみとつぐ。「お客さんと長い付き合いがしたいから、体を壊さないように」3杯までと決めた。

 料理の中心はシラスとタラが入った湯豆腐。それらが69年間、全く変わらない。客には文化人や学者も多く、歌手の沢田研二夫妻がカウンターに座ったことも。最近は開店を待つ客が長い列をつくる。


 銀蔵さんが83年に他界してからは、喜久代さんと妹の富久子さんが店を仕切った。数年前に富久子さんが体調を崩して引退。現在は学生アルバイト数人が喜久代さんを手伝っている。

 90歳になったころから、喜久代さんは「仕込みや店の切り盛りが、きつくなった」という。入院もあり、営業日が徐々に減って今は木曜と金曜だけ。「これまでも、何度かやめようと思いました。でも、お店をかわいがってくださるお客さまのことを考えると、なかなか踏ん切りがつかなくて」と喜久代さん。「父が始めた店を何とか守ってきた自分へのごほうびで、今は休息を取りたい」

 今月31日が“武蔵屋最後の日”になる。

●大きな個性が消える 脚本家・内館牧子さんの話
 「三菱重工横浜造船所に勤めながら、脚本家の養成校に通っていたころ、友人に連れて行かれたのが最初です。銀蔵さんのお酒のつぎ方に見ほれてしまいました。仕事も結婚の夢もない私の暗黒時代でしたが、武蔵屋にどれだけ癒やされたことか。大きな個性が横浜から消える気がします。武蔵屋のようなお店は、もう現れないでしょう。私は絶対に忘れません」


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