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〈時代の正体〉朝鮮人「虐殺」と記述せず 横浜市教委副読本

時代の正体 神奈川新聞  2016年12月27日 02:00

歴史を学ぶ市民の会・神奈川が情報公開請求で入手した最終稿のコピー
歴史を学ぶ市民の会・神奈川が情報公開請求で入手した最終稿のコピー

【時代の正体取材班=石橋 学】横浜市教育委員会が本年度リニューアルする中学生向け副読本の関東大震災における朝鮮人虐殺の記述を巡る問題で、市教委は「朝鮮人や中国人が殺害される、いたましいできごとも起こりました」との表現で最終稿を決定したことが分かった。原案にはなかった史事は記載されるものの「虐殺」と表記されていないなど、市の歴史教育の後退ぶりを反映した記述となっている。

 新副読本「ヨコハマ・エクスプレス」(仮題)の最終稿は、市内の被災状況を説明した上で「火災と余震に襲われた市民は不安にかられました。この混乱の中で、根拠のないうわさが流れ、朝鮮人や中国人が殺害される、いたましいできごとも起こりました」と記述している。

 市教委指導企画課は「虐殺という表現も含め検討を重ねたが、最終的にはこれまで作り上げてきた旧副読本の記述を大切にした」と話す。旧副読本「わかるヨコハマ」は2012年度版まで「虐殺」と表記し、その主体に軍隊や警察、自警団を明示していたが、市教委は13年度版の改訂で「虐殺」を「殺害」に書き換え、軍隊と警察の関与を示す記述を削除しており、それに準じたとの説明だ。

 新副読本は「学びを深めるきっかけをつくる」をコンセプトとしており、同課は「末尾には『どうしてこのようなことが起きたのでしょう』という一文を添えており、そこから子どもたちが関心を持ち、背景などより詳しく学んでくれることを期待している」とも。

 最終稿は現在校正作業中で、年明けにも教育長決裁を経て印刷に入り、年度内に市立中学校の1、2年生に配布するとしている。

 副読本を巡っては、虐殺に関する記述が一切ない原案が9月に判明。歴史研究の成果を無視した改訂がなされた経緯を踏まえ、研究者や市民団体、市民らから「歴史の隠蔽(いんぺい)は許されない」との批判が市教委に数多く寄せられた。市教委が10月の市教委定例会で虐殺の史実を歴史教育、防災教育の観点から記載する方針を明らかにしたことから、記述内容と表記に注目が集まっていた。

 情報公開請求で最終稿を入手した市民団体「歴史を学ぶ市民の会・神奈川」(北宏一朗代表)は虐殺の文言は23種類ある中学・高校の歴史・日本史教科書のうち12種類で使われ、軍隊と警察の関与は15種類で記載されており、特別なことではないと指摘。メンバーの元市立中学校社会科教諭、後藤周さんは「歴史事実が一切教えられないという最悪の事態は避けられたが、記述は大きくゆがめられたままだ。13年度版の改訂で削られた虐殺の表記と官憲の関与の明示、市民が反省を込めて建てた慰霊碑の写真の復活を求めていく」と話している。

 同会は来年1月14日、横浜市神奈川区のかながわ県民センターで緊急集会「副読本問題を考える集い」を開く。午後6時からで、田中正敬・専修大教授(関東大震災朝鮮人虐殺の国家責任を問う会事務局長)が朝鮮人虐殺を巡る記述の意味について講演する。

歴史教育さらなる後退




 横浜市教育委員会の朝鮮人虐殺に関する新副読本の記述は2013年度版での改訂が落とした影をあらためて浮き彫りにした。

 発端は市会常任委員会における自民党の横山正人市議による批判だった。「虐殺」は「世間で使われない表現」で、軍隊と警察の関与が示されていることが「わが国の歴史認識や外交問題に極めて大きな影響を及ぼしかねない」と問題視した。

 だが、「虐殺」は歴史教科書でも使われている用語で、官憲の関与も数々の歴史研究が明らかにしている。第1次安倍内閣下でまとめられた中央防災会議の報告書にも記載され、それが外交問題になったこともない。つまり不見識に基づく筋違いな指摘だったが、市教委はその場で改訂を約束し、12年度版の回収、溶解処分までを行った。

 いま、「朝鮮人虐殺はなかった」「正当防衛だった」という言説が流布する。同じ主張は市教委にも寄せられたといい、担当者は絶句する。「デマで殺されたという事実がなぜ正当防衛になるのか。もはや捉え方の違いとはいえない」

 その当然の問題認識があるなら、自ら行った歴史教育の後退による悪影響を顧みなければならない。「負の過去」を矮小(わいしょう)化することと全否定は程度の違いでしかなく、教育行政のお墨付きを得て歴史を度外視する言説は勢いを増している。

 新副読本に記されるのはすでに後退をみた記述にすぎない。デジタルデータ化して生徒が閲覧できようにするという15年度版旧副読本も同様だ。

 市教委は「殺害」のよりどころを13年度改訂後の旧副読本に求めたが、それはまた、日本の歴史を美化し、愛国心を育てることに主眼を置く育鵬社版歴史教科書を使っていることとも無縁ではない。全国採択率6%にすぎないその教科書の記述は「殺害」であり、軍隊、警察の関与は示されていない。

 虐殺と教えない副読本が示す「現在地」―。

 やはり保守系の維新・ヨコハマ会の小幡正雄市議の「分厚い副読本は必要か」という粗雑な問題提起を真に受けてリニューアルされた結果、新副読本の紙面は大幅に減り、虐殺の背景に民族差別があったことを説明する記述も消えた。

 横浜市の歴史教育はここにさらなる後退をみて、誤ったメッセージを発し続けることになる。

関東大震災と朝鮮人虐殺に関する記述の変遷





〈2012年度版わかるヨコハマ〉

 東京湾岸・相模原湾岸一帯はたいへんな被害をうけた。東京や横浜の市街地のほとんどが潰滅状態になり、火災と余震に襲われ続けた市民は不安にかられていた。この混乱のなかかで、「朝鮮人が井戸に毒を入れる、暴動を起こす」などというデマ(根拠のない噂)が流された。2日、政府は軍隊の力で治安を維持するため東京に戒厳令を適用した。デマを信じた軍隊や警察、在郷軍人会や青年会を母体として組織されていた自警団などは朝鮮人に対する迫害と虐殺を行い、また中国人をも殺傷した。横浜でも各地で自警団が組織され、異常な緊張状態のもとで、朝鮮人や中国人が虐殺される事件が起きた。

 この事件の背景には1919(大正8)年3月1日に起きた、朝鮮民族の日本の植民地支配からの独立運動(三・一独立運動)等、朝鮮民族の抵抗に対する日本人の恐怖心と差別意識があった。「朝鮮人暴動」がデマだとわかると、今度は社会主義者に矛先が向けられ、暴力の扇動や計画を企てたという名目で、軍隊や警察は日本の社会主義者や労働運動の指導者を逮捕、場合によっては殺害に及ぶ場合もあった(大杉事件・亀戸事件)。


〈2013年度版わかるヨコハマ〉

 この震災と火災は開港後60年余り営々として築きあげてきた横浜の繁栄を一瞬にして灰にしてしまった。横浜の市街地のほとんどが潰滅状態になり、市役所や警察署も被害を受け、行政や治安が機能麻痺に陥った。火災と余震に襲われ続けた市民は不安にかられていた。この混乱のなかで、「朝鮮人が井戸に毒を入れる、暴動を起こす」などというデマ(根拠のない噂)が流された。

 2日、政府は軍隊の力で治安を維持するため東京に戒厳令を適用し、3日には神奈川県にも拡大し、横浜に軍隊を派遣した。

 こうしたなか、異常な緊張状態のもとで、各地で在郷軍人会や青年会を母体として組織されていた自警団の中に、朝鮮人や中国人を殺害する行為に走るものがいた。横浜市内でも多数の犠牲者を出した。この事件の背景には1919(大正8)年に起きた、朝鮮民族の日本の植民地支配からの独立運動(三・一独立運動)等、朝鮮民族の抵抗に対する日本人の恐怖心と差別意識があった。

 また、暴力の扇動や計画を企てたという名目で、軍隊や警察は日本の社会主義者や労働運動の指導者を逮捕、場合によっては殺害に及ぶ場合もあった(大杉事件・亀戸事件)。


〈ヨコハマ・エクスプレス原案〉

 9月1日、11時58分、相模湾を震源とする大地震が起きました。この地震とその後の火災で、横浜の市街地は、ほぼ壊滅状態となり、開港60年の横浜の繁栄は、一瞬にして灰となってしまいました。

 震災で出た瓦礫で埋め立てをし、生まれた公園が山下公園です。

 関東大震災については多くの資料があります。ぜひ調べてみてください。


〈ヨコハマ・エクスプレス最終稿〉

 1923(大正12)年9月1日、関東地方でM7・9の大地震がおこりました。

 横浜では、死者2万3000人、行方不明者約3000人、そのほかの重軽傷者約4万2000人に達しました。横浜の中心部は、江戸時代以降につくられた埋立地の上にあったため、地盤が弱く、激震により大きな被害が発生しました。また地震の直後から起こった火災は猛威をふるい、たくさんの犠牲者が出ました。

 火災と余震に襲われた市民は不安にかられました。この混乱の中で、根拠のないうわさが流れ、朝鮮人や中国人が殺害される、いたましいできごとも起こりました。どうしてこのようなことが起きたのでしょう。


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