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旬漢〈7〉
上妻宏光「一音入魂」

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神奈川新聞  2004年06月06日公開  

最新アルバム「伝統と革新-起-」
最新アルバム「伝統と革新-起-」

 「音が空(くう)を切り裂いている」と感じた。音がする方へ、身体が吸い寄せられる。何か起きたのか、少しあわてた。
 
 それは、歌舞伎俳優の市川海老蔵(37)が2014年1月に行った新春公演「壽三升景清(ことほいでみますかげきよ)」でのこと。歌舞伎と津軽三味線が初めて競演した、歴史を変えた日。津軽三味線奏者の上妻(あがつま)宏光(41)の演奏は、海老蔵が豪快な荒事を繰り広げた舞台の中で、荒波を削り突き進むような音を放っていた。【西村綾乃】
 
 終演後、すぐ「あの人は?」と関係者にたずねた。「あぁ、上妻さんですね」と答え。感じたことが何だったのか、確かめたかった。帰りがけに、飛び込んだCD店にずらり並ぶ作品たち。手に取ると、「津軽じょんから節」などの古典のほか、バンドネオン奏者の小松亮太とタンゴの名曲「エル・チョクロ」で共演したり、ジャズを取り入れるなどしていた。“異端児”として、巻き起こしている風を感じたのか、胸が騒いだ。筆者が小学時代に吹奏楽部で演奏した「エル・チョクロ」が懐かしく、同曲が収録されたアルバム「GEN-源-」を手に、家に急いだ。


 みぞれがちらついた夜。見上げた空に星を探すことはできなかったが、上妻が演奏した「見上げてごらん夜の星を」(坂本九)を耳にしたとき、満天の星がちかちかと輝くのを感じた。ギタリストのMIYAVIと奏でた、ブルースの名曲「Crossroad」(ロバート・ジョンソン)は、虎と龍が牙をむき対峙しているような、激しいバトルそのもの。ヒップホップのバトルや、互いの出方を探るジャズの即興対決などが浮かんだ。三味線は古典で着物、という固定概念が吹き飛んだ。

 上妻が津軽三味線を始めたのは6歳のとき。会社員の父が趣味にしていたことがきっかけだった。父の目を盗み、こっそり弦をはじいたとき、「心がびりびりと震えた」。響き、音色、迫力のとりこになった。「そんなにやってみたいなら」。自分専用の三味線を手渡され、のめり込んだ。
 
 周囲の大人たちには、「どうして三味線をしているの」と異質な目で見られた。伝統的な楽器は年配のという決めつけに、くやしさがにじんだ。出身は茨城県日立市。大会に出るようになると、親の代からやっている同世代の子、津軽三味線の本場・青森出身の人らと出会い、ルーツがない自分が雑草のように思えた。「津軽三味線は、津軽の人間じゃないと表現できない」と言われたこともあり、同じ楽器をしている中にいても、疎外感があった。

 
 「挫折はずっと」と振り返る。しかし「辞めたいと思ったことはなかった」。いろいろな流派の楽譜を学び、ルーツと言われる演奏家のフレーズを身につけた。「生まれは関係ない」。体現しようと、津軽三味線の最高峰のコンテスト「津軽三味線全国大会」に出場し続け、1995、96年大会で優勝を飾った。

 陰口をたたかれたことは、痛みにもなったが、自分を動かす力になった。2000年には楽器を手に米ニューヨークに渡り、即興演奏をしてまわった。身体で感じた喝さい。出身や根源を否定された日本と違い、世界は血を騒がせる上妻の音を評価した。「歯を食いしばって積み重ねてきたものが、僕に力をくれた。このままでいいんだ」。夢中で追いかけ、やっとつかんだ手応え。すでに目は世界に向いていた。
 
 2001年にアルバム「AGATSUMA」でメジャー始動。2003年にアルバム「Beams」で念願の全米デビューも果たした。津軽三味線が誕生した風土に敬意を払い伝統を守る一方で、「新しい風を起こしたい」と異ジャンルを取り込んでいった。奏法も、バチで3本の弦を激しくたたき、また弦をすくい上げるものなどに加え、素手で弦をはじいたり、ギターのピックを用いるなど、独自の形を追求した。その音には空気、風、曲によって変わる色、余韻が生まれた。
 


 間もなくソロデビュー15年。最新アルバム「伝統と革新-起-」では、原点である「古典」と向き合った。「昔の音楽も、今の人が演奏すれば、今の音になる」。尺八奏者の藤原道山とは「獅子の風」でぶつかり合い、歌手の由紀さおりをゲストに招いた「りんご追分」(ボーナストラックとして収録)では繊細な音色を響かせた。
 
 アルバムには海老蔵と行った歌舞伎の舞台で演奏した「解脱」(14年)、「六本木の伎」(15年)なども収録。役者の熱を受けて演奏した際、見得を切るときに生まれる“間”の難しさに、うなった。「間は日本独特のもの。これは海外の人には真似ができない」と言葉に熱が帯びる。強みを見つけ、「まだ、もっと」と思いは止まらない。
 
 革新を次代に--。2008年からは小学校などへ出張授業に出向き、子どもたちに津軽三味線、そして音楽の楽しさを伝えている。「これは!と思えるものを見つけることができた、僕の人生は幸運だと思っています。子どもたちには夢を持つことの大切さ、そして夢中になって努力をすれば、自分が想像もしていなかった扉が開くんだということを伝えたい。2020年には東京五輪もありますし、日本の伝統文化にもっとスポットが当たるはず」と力を込めた。
 
 10都市12公演を行うライブツアー「生一丁!」を開催中。ツアーは100公演を超える人気で、会場では上妻の真骨頂である津軽三味線の生音の響きを体感できるのが魅力。「約4年ぶりの企画。津軽三味線の音を楽しんで欲しい」と呼びかけた。「『お前の三味線は東京流だ』と言われても、『はい、そうですね』と言えるようになった。悔しさが動かしてくれたことに、感謝している。もっと、風を起こしたい」と未来を見据える。快進撃はまだまだ続く。

 あがつま・ひろみつ。1973年7月27日、茨城県日立市生まれ。三味線を趣味にしていた父に影響され、6歳のときに佐々木光義に入門して津軽三味線を学ぶ。15歳のときに「津軽三味線全日本金木大会」で史上最年少優勝を達成。高校進学と同時に単身上京し、ロックバンド「六三四 Musashi」に加入するなど活動の幅を広げた。2001年にアルバム「AGATSUMA」でメジャーデビュー。同アルバムでは、「第16回日本ゴールドディスク大賞」の純邦楽・アルバム・オブ・ザ・イヤーを獲得した。ジャンル、国を超え世界で“伝統と革新”を追求し続けている。


▽公演予定
・7月11日 「生一丁!」 国分寺市立いずみホール(東京都国分寺市)
・8月8日 「生一丁!」 かつしかシンフォニーヒルズ アイリスホール(東京都葛飾区)
・8月30・31日 「伝統芸能の今 2015」 横浜能楽堂(横浜市西区)
・8月25日 ソロデビュー15周年特別公演「日本伝統心祭 『クサビ-伝統と革新- 其ノ四』 渋谷公会堂(東京都渋谷区)


世界に風を巻き起こす。津軽三味線奏者の上妻宏光
世界に風を巻き起こす。津軽三味線奏者の上妻宏光

津軽三味線奏者の上妻宏光。2014年に東京・渋谷公会堂で行った「クサビ -伝統と革新-」公演。トランペット奏者の日野皓正、歌舞伎役者の中村獅童らと共演した
津軽三味線奏者の上妻宏光。2014年に東京・渋谷公会堂で行った「クサビ -伝統と革新-」公演。トランペット奏者の日野皓正、歌舞伎役者の中村獅童らと共演した

デビュー前、2000年に渡米。ニューヨークのライブハウスなどに飛び入りで出演した
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2014年に東京・渋谷公会堂で行った「クサビ -伝統と革新-」公演。トランペット奏者の日野皓正、歌舞伎役者の中村獅童らと共演した
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南アフリカの孤児院での演奏風景。初めて見る楽器に興味津々の子どもたち
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ビルボードライブ東京
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ビルボードライブ東京
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2014年に東京・渋谷公会堂で行った「クサビ -伝統と革新-」公演。トランペット奏者の日野皓正、歌舞伎役者の中村獅童らと共演した
2014年に東京・渋谷公会堂で行った「クサビ -伝統と革新-」公演。トランペット奏者の日野皓正、歌舞伎役者の中村獅童らと共演した

世界に風を巻き起こす。津軽三味線奏者の上妻宏光
世界に風を巻き起こす。津軽三味線奏者の上妻宏光

津軽三味線奏者の上妻宏光。2014年に東京・渋谷公会堂で行った「クサビ -伝統と革新-」公演。トランペット奏者の日野皓正、歌舞伎役者の中村獅童らと共演した
津軽三味線奏者の上妻宏光。2014年に東京・渋谷公会堂で行った「クサビ -伝統と革新-」公演。トランペット奏者の日野皓正、歌舞伎役者の中村獅童らと共演した

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