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平和教育、本土とずれ 川崎沖縄県人会でも薄れる当事者意識

社会 神奈川新聞  2015年06月23日 03:00

親睦団体「川崎沖縄県人会」は郷土文化の発信に平和への願いを乗せる=20日、川崎市川崎区
親睦団体「川崎沖縄県人会」は郷土文化の発信に平和への願いを乗せる=20日、川崎市川崎区

 23日、沖縄戦が終結した「慰霊の日」を迎える。沖縄には全国から遺族が足を運び、島は鎮魂と平和の祈りに包まれる。一方、苦難の歴史や基地負担の現状をいかに本土や次世代に伝えるか。戦後70年がたち、沖縄関係者の苦悩は県内でも深まっている。



 過酷な沖縄戦を生き抜いた人々は、遠く1500キロ離れた神奈川県内にもいる。実体験に裏打ちされた平和への願いはしかし、必ずしも届いてはいない。

 川崎市在住の沖縄出身者らでつくる親睦団体「川崎沖縄県人会」が5月、市内で開いた文化普及イベントで来場者約600人に調査したところ、沖縄県名護市辺野古での米軍新基地建設の賛否について「分からない」との回答が8割に達した。

 現地では反対が多数を占める米軍基地問題の最重要案件をめぐって本土との間に横たわる大きな隔たり。比嘉孝会長(67)=川崎市川崎区=は「沖縄にルーツがあったり、興味を持ったりする人々でさえ、この結果。ここにいると無関心になるのは仕方がない」と受け止める。

 基地問題は日本全体に関わるもの。だが、当事者意識の希薄さは県人会の足元にも広がりつつある。戦後生まれの2世、3世が増え、会員数は最盛期の約400人から半減した。1972年の本土復帰を前に、青年部員が川崎駅で署名活動に汗したような「故郷の代弁者」となるのは難しいという。

 戦後70年。自身も本土生まれの2世である比嘉さんは郷土芸能や食文化の発信に力を注ぐ。「真正面から戦争反対、基地反対と言っても伝わらない。関心の高い生活文化を広めることが、やがて沖縄への理解につながるはず」と、その意図を語る。

 ただ、慰霊の日を前に、沖縄戦を体験した世代の心中は決して穏やかではないのも確かだ。「(その時々の)首相が(記念式典に)出席することで、本土でも平和を考える日になりやすくなってきた」。石垣島出身で、戦中は台湾に疎開していた元教員渡久山長輝さん(80)=同市麻生区=は皮肉を込める。

 今国会で安全保障関連法の成立を目指す安倍晋三首相の式典出席を通して、沖縄の歩んできた歴史や抱える問題にスポットが当たるという現実。渡久山さんは寂しげな表情でつぶやいた。

 「沖縄では『8・6』や『8・9』、『8・15』だけでなく、サンフランシスコ講和条約の発効で沖縄が日本の施政権から切り離された『4・28』、本土に復帰した『5・15』、そして『6・23』も忘れてはいけない日。沖縄と日本では、平和教育の暦がずれているんだよ」


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