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江の島「住民挙げて歓迎」 五輪セーリング夢舞台再び

スポーツ 神奈川新聞  2015年06月15日 03:00

1964年東京五輪で江の島を舞台に開催された競技
1964年東京五輪で江の島を舞台に開催された競技

 2020年東京五輪のセーリング競技会場が江の島(藤沢市)に決まった。1964年の東京五輪以来、半世紀ぶりに夢の舞台の再来となる。マリンスポーツを育んできた地元や新旧の選手たちは期待に胸を膨らませている。

 1964年以来2度目となる江の島での五輪を、島内で食堂を営む井上忠義さん(73)はひときわ感慨深い思いで受け止めている。前回五輪で大会運営に携わり、その後も港の管理責任者「ハーバーマスター」を18年間務めた。「まさか再び五輪が見られるとは」。5年後の夢舞台の再来を心待ちにしている。

 江の島ヨットクラブの一員として、64年の大会組織委員会に入った。ヨットを釣り上げるクレーンの操作や帰港時の作業の手伝いを担当。「期間中の毎日がお祭り騒ぎだった」。時には選手たちと笑い話で盛り上がり、華やかさとにぎやかさを肌で感じた。

 ただハーバーの外では雰囲気が違っていた。「ほかの島民に五輪の熱気はなかった。競技も沖でやっていたし、『ヨットって何?』という感じだった」

 だが五輪を起爆剤にヨットブームが、その後に到来した。自身も五輪のために建設された港のハーバーマスターに就く。島にヨット文化が根付いていく過程を見守ってきた。

 それだけに、2度目の開催決定には格別のうれしさがあるという。「今回は島挙げての歓迎ムード。64年とはまた違った大会になるのでは」

 半世紀を経て、自分の立場も周囲の五輪熱も様変わりしたが、「50年前も多くの海外選手が江の島から望む富士山を喜んでいた。今回もそれは変わらないだろう」。自分の抱くもてなしの気持ちも、日本一の山と同じく当時のままだ。

 藤沢市観光協会の二見幸雄会長(78)は「『メモリアルハーバーでもう一度』との思いだった」。江の島生まれで、前回の五輪時は27歳。当時の光景は今も覚えている。「前回以降、江の島に持ち込まれたヨット文化を島全体で根付かせてきた。それが再評価されたことにもなり、光栄だ」

「姉妹で出場したい」


 「同種目に出場していたノルウェーの皇太子(現国王)とも交流できた。再び世界中の選手が集まってくれば、そういう縁も生まれるのではないか」

 1964年東京五輪のヨット競技に選手として出場した松本富士也さん(83)=横浜市港北区=は、2回目となる江の島での競技開催に胸を膨らませる。江の島ヨットクラブ会長のほか、ロサンゼルス五輪監督、日本セーリング連盟副会長などを歴任した。

 開催地としての江の島にも「陸地に入り込んだ東京湾より風の変化が少なく、恵まれた環境」と太鼓判を押す。「大型船も通らず、ヨットに理解がある漁業組合も配慮してくれるはず。きっと立派なレースができる」

 県セーリング連盟の貝道和昭会長も、64年東京五輪の競技に役員として関わった。「ヨットレースの設備も国内で最も整っている。(今回も)五輪のセーリング会場として唯一の実績も認めてもらえてよかった。海外選手にも必ず満足してもらえる」

 小学生でセーリングを始め、江の島を練習拠点としてきた逗子市在住の池田紅葉(くれは)選手(横浜創学館高出身、日大1年)は「地元でオリンピックが開催されるなんてびっくり。いつも練習している場所だし、有利だと思う。すごくうれしい」と5年後の大舞台へ思いをはせた。

 昨夏のユース世界選手権代表で、秋の長崎国体では一人乗りの種目、少年女子シーホッパー級スモールリグで優勝。高校生の妹樹理さんも同国体で3位入賞した。「目標は姉妹でオリンピック」。そんな夢が一歩近づいたような気がしている。


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