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同性愛者の切実な訴え
教科書の中に私はいない 「多様な性」想定を

社会 神奈川新聞  2015年05月28日 10:25

孤独だった過去を振り返り「性的少数者である自分を否定しないでほしい」と話す室井さん
孤独だった過去を振り返り「性的少数者である自分を否定しないでほしい」と話す室井さん

孤独だった過去を振り返り「性的少数者である自分を否定しないでほしい」と話す室井さん
孤独だった過去を振り返り「性的少数者である自分を否定しないでほしい」と話す室井さん

 〈クラスに必ず1人いる子のこと、知ってますか? セクシュアル・マイノリティの子どもたちを傷つける教科書の訂正を求めます〉。インターネットでそう呼び掛ける署名運動が賛同の輪を広げている。異性愛を前提とした教科書の記述の修正を文部科学省と教科書会社に求めている。「教科書の中で私は『いないこと』にされている」。呼び掛け人で同性愛者の女性は孤影を引きずり生きてきた。

 10年以上も前のことなのに、自身へ向けられたその言葉を忘れない。

 「レズかよ」

 あざけりとさげすみの響きが室井舞花さん(28)の耳奥に残る。

 中学2年生のころ、好きになった相手はクラスの女子だった。2人で連れ立っていることも多く、周囲から疑いの目で見られた。「どういう関係なの?」。そして決定的な一言が。「レズかよ」。慌てて否定したが、いつかばれるのではないかというおびえで胸がつぶれる思いだった。

 テレビ番組に登場する「ニューハーフ」と呼ばれる人たちは見せ物のような扱いだった。担任教師は「おれ、ホモじゃないし」とおどけ、教室中の笑いを誘った。

 そして保健の教科書を開き、息をのんだ。

 〈思春期になると誰もが異性への関心が高まるようになります〉
 自分は間違っているんだ-。

 同性愛についての記述は見当たらず、教科書を読めば読むほど存在が否定されていると感じた。

 同性が好きな人は周りにいなかった。親の会員証を持ち出し、こっそりビデオを借りた。性同一性障害者を描いた米国映画「ボーイズ・ドント・クライ」。主人公が殺される結末に「女の子が好きな自分に未来はない」と感じた。

 やがて芽生えた「世間が思う普通」になりたいという感情。男子を好きになろうとして交際したこともあったが、「当時の記憶がない」。偽りの自分を演じても孤独は深まるばかりだった。

変わらぬ教育現場


 恋愛の話題になると「男の子と付き合うより学校生活が楽しいから」とはぐらかし、一方で、好きな子に視線を送りすぎていないか、自分の行動ははた目におかしく見えていないか、心をこわばらせた日々-。現在、非政府組織(NGO)「ピースボート」のスタッフとして働く室井さんは当時と変わらぬ教科書の記述に落胆し、胸の傷がうずく。

 小学生用「新版たのしいほけん3・4年」(大日本図書、2015年度版)。

 〈思春期になると異性のことが気になったり、なかよくしたいという気持ちが強くなったりします〉
 中学生向けの「新しい保健体育」(東京書籍、12~15年度版)。

 〈思春期に入り、生殖機能が成熟してくると、自然に異性への関心が高まり、友情とは違う感情が生じてきます〉
 インターネットで署名集めを始めた昨年秋、賛同を求める文章をこうつづった。

 〈教育の場が変わらなければセクシュアル・マイノリティの子どもたちは救われません〉
 旧態依然な学校現場の実態は日高庸晴・宝塚大看護学部教授が11~13年、厚生労働省のエイズ対策研究事業で教員約6千人を対象に行った調査からもうかがえる。

 「性的少数者について授業で取り上げた経験がある」と答えた人は14%だった。取り上げない理由として「教える必要性を感じる機会がなかった」と答えた人は42%で、「教科書に書かれていない」と答えた人は19%いた。教員になる前に大学で同性愛について学んだことがある人は7・5%、性同一性障害については8・1%とともに1割に満たなかった。

 当事者の生きづらさを示すデータがある。日高教授らが05年にゲイ・バイセクシュアル男性約5700人を対象にした同事業の調査では、10代の約65%が自殺を考え、16%が自殺未遂をした経験を持っていた。日高教授は「性的少数者をテーマにした人権教育に取り組んでいる学校もある」としつつ、「保健体育に限らず、あらゆる科目で性的少数者について話題にし、肯定的なメッセージを送る必要がある。当事者が当たり前に日常に存在することを伝えることになり、当事者の子が自分の存在を認められるきっかけにもなる」

悪循環を絶つとき


 室井さんが必要としていたのも自己肯定の機会だった。高校卒業後に出会った同い年の友人がレズビアンであることを公言する姿を目の当たりにした。「自分が認められない、隠したい、恥ずかしいと思ってきたものを堂々と語り、肯定していることがかっこよく見えた」

 かつて自分を傷つけたレズビアンという言葉を口にすることにためらいがあったが、カミングアウトを重ねるうち、「同性愛者という以前に、室井という一人の人間を見てくれていると実感できるようになっていった」。

 ある日、父に「付き合っている人がいます。その人は女の人です」と告げた。何十回も頭の中で繰り返したフレーズだった。

 「そうか。人に迷惑をかけなきゃいいんじゃない」

 意外とそっけなく、しかし、かえって温かくもあった。

 母は数秒間、固まった後、「あなたが幸せならそれでいい」。そして「その道を歩くのは大変だよ」と続けた。否定されなかった、というだけでよかった。背負っていたものが軽くなった気がした。24歳になっていた。

 小中学校、高校の教育内容を決める指導要領が改定されるのは、ほぼ10年に1回。次回は16年度に迫る。これを逃せば、また10年同じ教育が繰り返され、性的少数者の子どもたちの苦しみは続く。

 4月下旬、文科省が性的少数者の子どもへのきめ細かな対応を求める通知を出すなど時代の変化を感じる室井さんは「今こそ悪循環を絶つとき」と力を込める。昨秋から始めた署名キャンペーンには現在1万6千人以上が賛同している。来年まで続け、同省や教科書会社に届けるつもりだ。

 室井さんがあらためて訴える。「異性愛を前提としたいまの教科書の記述は多様な性を想定していない」。性的少数者は人口の3~5%いるとされ、クラスに最低1人はいる計算となる。1人だからこそ目を向け、孤立の淵(ふち)から救い上げてほしいと願う。「学校で教わることを基本的な常識として学ぶ子どもにとって先生の言動や教科書の影響力は絶大だから」

 

◆性的少数者 同性愛者のゲイやレズビアン、両性愛者のバイセクシュアルや心と体の性が一致せず違和感を覚えるトランスジェンダーの人たち。それぞれの頭文字を取って「LGBT」と総称される。他者に恋愛感情と性的欲求を抱かない無性愛者や自身を男性とも女性とも思わないXジェンダーなども含まれ、性的マイノリティーやセクシュアル・マイノリティーとも呼ばれる。7万人を対象に電通総研が2012年にまとめた調査では、日本の成人男女の約5・2%に上る。欧米では人権保障の観点から問題意識が広がり、日本でも性的少数者によるデモが行われるようになり、東京都渋谷区が同性カップルを「結婚に相当する関係」と認めて証明書を発行する条例を制定するなど関心が高まりつつある。


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