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思想家・内田樹さん
時代の正体〈100〉安倍首相の言葉(4)諦め誘う知的不誠実

時代の正体 神奈川新聞  2015年05月19日 09:49

衆院本会議で、安全保障関連法案などについて答弁する安倍首相 =15日午後
衆院本会議で、安全保障関連法案などについて答弁する安倍首相 =15日午後

 都合のいい例示に誇張、恣(し)意(い)的引用。安倍晋三首相の話法に思想家の内田樹さん(64)は「恐怖を感じる」という。恐れはそして、首相の言動だけに向けられているわけではなく-。

 安全保障法制関連法案の閣議決定を受けた会見で、安倍首相は法整備がなぜ緊急に必要なのかの根拠をついに説明しませんでした。そればかりか、いくつもの点で、事実ではないことを述べています。

 平和安全法制の整備は不可欠だと確信している。例えば、海外で紛争が発生し、そこから逃れようとする日本人を、同盟国であり、能力を有する米国が救助し、わが国へ輸送しようとしているとき、日本近海で攻撃を受けるかもしれない。このような場合でも、日本自身が攻撃を受けていなければ、救出することはできない。

 昨年7月に集団的自衛権行使容認の閣議決定した際もこれと同様の説明をしていました。しかし、調べてみたら、そもそも過去に紛争国から在留邦人が米軍艦船で脱出したケースは一つもありませんでした。米軍からもそのような事態は想定できないと指摘されている。こういった反証をすべて無視して、「起こり得ない事態」に対処するために法整備が必要だと首相は述べているわけです。

 その一方で、当たり前のことを例外的なことのように誇大に語ってもいます。

 海外派兵が一般に許されないという従来からの原則も変わりません。

 これはまったく無意味な言明です。というのは、特段の理由もなく海外派兵した国など歴史上一つもないからです。すべての海外派兵は「自国の存亡にとって死活的に重要である」という大義名分から行われてきました。首相の言う「一般に許されない」というのは「特段の理由があれば許される」ということの言い換えであって、それはまさにあらゆる海外派兵に際して「一般に」使われてきた定型句にすぎません。

 言葉のごまかしが多すぎます。


 日本が武力を行使するのは日本国民を守るため、これは日本と米国の共通認識です。もし、日本が危険にさらされたときには、日米同盟は完全に機能する。そのことを世界に発信することによって、抑止力はさらに高まり、日本が攻撃を受ける可能性は一層なくなっていくと考える。

 戦後70年の間、外国の軍隊の侵略によって国土の侵犯や国民の殺傷といった事態は起きていません。では、抑止力はさらに高まると言うときの「さらに」とは何を基準にしているのでしょうか。「さらに」というには比較の対象がなければ意味をなさない語です。では、安保法制制定以前のどのような数値、どのような指標を基準にして首相は「高い低い」を判断しているのか。それはまったく明らかにされていません。

 唯一、「国籍不明の航空機に対する自衛隊機の緊急発進、スクランブルの回数は10年前と比べて7倍に増えている」と述べているだけですが、これもデータの恣意的使用という他ない。確かに2004年の年間141回に比べて14年は約7倍に増えていますが、1980年代は900回を超えた年は3回、800回以上の年は5回ありました。一体、いつの時期のどの数値と比べての増減であるかを明らかにしないで、あたかも前代未聞の危険が切迫しているかのように印象づけようとするのは「修辞」というよりすでに「詐術」に近い。

 抑止力が「さらに高まる」のはいつの時代のどの数値と比較してのことなのか。首相が抑止力の増減について示した指標数値はスクランブル発進数です。だとすれば、84年の944回から、2004年の141回に至る劇的な発進数の減少も「抑止力がさらに高まった」ことの効果として解釈しなければなりません。安保法制以外の理由でも抑止力が高まったのなら、その理由を究明するのは国防上の重要課題でしょう。

 けれども、首相はそれには何の関心も示さない。抑止力を高めるには安保法制しかないと信じ切っている。

 仮に今後安保法制整備後もスクランブル発進数が減少しなかった場合、首相はどうつじつまを合わせる気でしょう。首相が自ら抑止力の唯一の数値的指標として選んだ数値に反映されなければ、安保法制は安全保障上無意味だったということになる。その事実を受け入れる覚悟はあるのでしょうか。


 言葉のまやかしはさらに続きます。

 まるで、自衛隊の方々が殉職していない方がおられるという認識を持っている方がいらっしゃるかもしれないが、自衛隊発足以来、今までも1800人の方が殉職されている。

 これは、一体どういう命題を帰結したくて口にした言葉なのでしょうか。

 自衛隊の年間殉職者数はここ数年ほぼ1桁台で推移しています。ほとんどが災害派遣と訓練中の事故です。22万人の隊員で事故死者1桁というのは、かなり安全管理の徹底した職場だと言っていいと思います。

 それでも首相が「1800人が殉職している」ということを言うなら、それには「これをどうやってゼロに近づけるかがわが国の課題である」と続くのがことの筋目でしょう。でも、明らかにこの文はそうではない。「1800人も死んでいるのだから、あと100人や200人死んでも大騒ぎするような話ではない」という方向に世論をリードするためにこの数字が口にされています。

 論争というのは、論理的に首尾一貫し、一つ一つの判断の客観的根拠を明らかにできることが「大切だ」と思う人間たち同士の間でのみ成立します。言うことがどんどん変わっても、根拠がなくても、約束が履行されなくても、まったく気にしないという人を相手にして言論は無力です。

 安倍首相は年金問題のときに「最後の一人まで」と見えを切り、TPP(環太平洋連携協定)については「絶対反対」で選挙を制し、原発事故処理では「アンダーコントロール」と国際社会に約束しました。「あの約束はどうなったのか?」という問いを誰も首相に向けないのは、彼からはまともな答えが返ってこないことをみんな知っているからです。

 ここまで知的に不誠実な政治家が国を支配していることに恐怖を感じない国民の鈍感さに、私は恐怖を感じます。

 うちだ・たつる 神戸女学院大名誉教授、武道家、多田塾甲南合気会師範。神戸市で武道と哲学研究のための学塾「凱風館」を主宰。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。主著に「ためらいの倫理学」「街場の戦争論」や「日本戦後史論」(共著)など。


内田さん
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