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渡辺元智監督に本紙単独インタビュー
普段通り、冷静に 激戦区の戦い、後悔なし 

高校野球 神奈川新聞  2015年05月16日 11:41

「体はぼろぼろでもノックは続ける」。渡辺監督は選手のために最後まで体を動かすという=2011年8月
「体はぼろぼろでもノックは続ける」。渡辺監督は選手のために最後まで体を動かすという=2011年8月

 5度の甲子園優勝を重ね、今夏限りで勇退する横浜高野球部の渡辺元智監督(70)が15日までに神奈川新聞社の単独インタビューに応じ、現在の心境を語った。前部長でコーチを務めていた小倉清一郎氏(70)が退いた昨夏以降、体調が悪化したことを打ち明ける一方で、「選手を裏切ることになるのが一番つらい」と葛藤も吐露した。主な一問一答は次の通り。

 -勇退の理由は。

 「小倉が去ってからストレスがたまり、焦りもあったのか、思うように体が動かない。今までに蓄積された疲労がいっぺんに出てきた。体がしびれたり、ノックした後も足がつってしまったり。一時はグラウンドでくたばっても構わないと思ったが、こんな体でやっていては選手に申し訳ないと思って決断した」


「感情に浸ってやっていくわけにはいかない」。渡辺監督は最後の夏にも平常心を強調する =2014年3月
「感情に浸ってやっていくわけにはいかない」。渡辺監督は最後の夏にも平常心を強調する =2014年3月



 -今後は。

 「夏の大会までは指揮を執る。甲子園に行ければそこでも指揮を執りたい。試合に負ければそれで勇退という形。ただ、私を慕って入部した選手もいる。横浜高への恩義もあるし、完全に身を引くわけにはいかない。(夏の大会が終わってからは)ベンチには入らないが、終身名誉監督として平田次期監督を支えていきたい。いわゆる総監督的な立場だ」

 

-監督人生を振り返って。

 「母校を強くしたいという一心で、家族を犠牲にして死にものぐるいで頑張ってきた。神奈川の激戦区でこれだけやれて後悔はない。唯一、悔いが残るとすれば体力的に限界とはいえ、選手を裏切る形になったこと。痛恨の極みだ」

 -これまでで一番思い出に残る試合は。

 「1998年の春夏連覇もあるが、強烈な印象は永川(英植投手)がいたときの73年選抜大会の初出場初優勝。奇跡の連続で勝ち上がり、広島商との決勝では、同点に追いつかれるミスをした冨田(毅外野手)が(延長十一回に)決勝2ランを放った」

 「私一人でやって、自分でもこんなことができるんだと思った。あれから始まった気がする」

 

-後進や野球界に伝えたいことは。

 「教育をするのが高校野球。選手ではなく人を育てる。指導者はどんなときでも、子どもの側に立ってやらないといけない。最終的には人が人を動かす。愛情ですよ。勝利至上主義では選手がついてこない。常に新しい指導法を模索して確立していかないと、高校野球は廃れてしまう。若い指導者は大変だけど、あえて言うなら『指導者はいい役者じゃなきゃいけない』」

 -財産は。

 「県野球協議会の藤木幸夫会長をはじめ、多くの人脈を得たことが尊かった。そして、一番の宝は子どもたち。プロに行けなかった選手たちもカンパをしてくれたり、メールや手紙を送ってくれたりする。野球に感謝、女房に感謝、卒業生に感謝、高校野球界のみなさんに感謝。高校野球でここまで来られたんだから」

 -指揮官としては最後の夏にどう臨むか。

 「感傷に浸っているわけにはいかない。選手は必死になってプレーするだろうが、私は普段通り、冷静にやりたい。ただ、勝っても負けても(監督は)終わりだから、難しい大会にはなるだろう」


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