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138年経て初の墓参 西南戦争後横須賀で病死の曽祖父

話題 神奈川新聞  2015年05月13日 03:00

曽祖父絶筆の手紙と父の遺影を持ち、墓参に訪れた榊原さんきょうだい。左から長和さん、好恭さん、康之さん、加藤典江さん=横須賀市浦郷町4丁目の官修墓地
曽祖父絶筆の手紙と父の遺影を持ち、墓参に訪れた榊原さんきょうだい。左から長和さん、好恭さん、康之さん、加藤典江さん=横須賀市浦郷町4丁目の官修墓地

 西南戦争従軍からの帰還中に病に倒れ、横須賀市浦郷町4丁目の官修墓地に眠る曽祖父の墓を探し当てたきょうだい4人が、絶筆の手紙を持って初めての墓参に訪れた。138年の歳月を経て巡り合えた先祖にそろって手を合わせた。

 墓地に眠るのは、越後高田(現在の新潟県上越市)の武家に生まれ、1877年に起こった西南戦争で政府軍に従軍した榊原謙齋さん。戦闘で傷つき、東京に戻る船中でかかったコレラのために同年10月に亡くなった。38歳だった。

 手紙は亡くなる19日前に書かれたもの。きょうだいの父が第2次大戦中に暮らした中国から引き揚げるときも大切に持ち帰った貴重な品で、封筒に赤字で「絶筆」と記されていた。

 謙齋さんは当時3歳と1歳の男児を残し、弟がきょうだいの祖父だった。手紙を現代語に置き換えると、「さぞさぞ大きくなったことでしょう。早く帰って会いたいと思っています。東京からいいお土産を持って帰るのでおとなしく遊んでいなさいと言い聞かせてください」と愛息2人への思いを結びにつづっている。

 曽祖父のことを、きょうだいは栃木県で過ごした幼いころから「横須賀の田浦に眠る」と聞かされていたが、それがどこなのかは分からなかった。

 昨年、あらためて遺品を整理した三男の榊原長和さん(68)が横須賀市に問い合わせて官修墓地の存在を知り、夏に墓参した。地元の追浜連合町内会主催で毎年5月に開かれる墓前祭に合わせ、5人きょうだいのうちの4人が9日、長野、栃木、東京、千葉から集まった。

 祖父も父もできなかった曽祖父の墓参を果たし、長男の榊原好恭さん(81)は「感慨無量。謙齋も驚いているのではないか」と喜び、「地元の方がきれいに整備していてありがたい」と感謝した。

 追浜連合町内会の澄川貞介会長(77)は「ここに眠るのは日本近代化の礎になった人たち。守っていくのが地元の使命」と話していた。

浦郷の官修墓地


 西南戦争の傷病兵らのうち、東京に戻る船内で伝染病(コレラ)にかかって病死した遺族不明の48人を埋葬した墓地。墓前祭は毎年5月の第2土曜日に開催。千葉在住の遺族が1969年から毎年墓参に訪れている。横須賀風物百選。


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