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足柄明神で「開眼式」 古事記ロマンに光を

カルチャー 神奈川新聞  2015年05月01日 03:00

お堂に収められた白鹿像の開眼を祝う参加者ら=足柄峠の足柄明神
お堂に収められた白鹿像の開眼を祝う参加者ら=足柄峠の足柄明神

 足柄平野と静岡県小山町をつなぐ足柄峠にある足柄明神(南足柄市矢倉沢)でこのほど、「古事記」に登場する白鹿立像の開眼式が行われ、関係者ら約50人が参加した。「古代の記憶をとどめる旧跡を知り、訪れて」と地元は期待している。金太郎ファミリーの会(内田清会長)主催。

 足柄明神は、県道78号沿いに立つ市町境の看板から山道に入って鳥居をくぐってすぐにある。コケむした石祠(ほこら)(産土神(うぶすながみ))の横に白鹿立像を安置したお堂が建てられた。

 後ろ足立ちした白鹿立像は、高さ約2メートル、直径40センチの杉木をチェーンソーで一木彫りし、白ペンキを塗ったもの。白鹿の胸元にはチェーンソーの歯の跡が荒々しく残る。

 開眼式では、近くの足柄山聖天堂の高橋幸広住職によって開眼法要が行われ、地元関係者の手によって除幕された。松の植樹も行われた。

 白鹿は坂の神の化身とされ、「古事記」には東国平定帰りの日本(やまと)武尊(表記は諸説あり)と対峙した故事が記されている。足柄明神はその坂の神を古代の英雄として祭ったものという。内田会長は「白鹿立像をきっかけに、足柄の歴史に光が当たれば」と話した。

 足柄明神の後継社の矢倉神社(同市苅野、現足柄神社)が1873(明治6)年、祭神を日本武尊に替えたため、地元矢倉沢と地蔵堂の有志が足柄明神をなくさないように元の社地に再建したという。一時荒廃したが、2001年同会の調査で“再発見”され、06年に鳥居が建てられた。


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