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街場の教室<3>市民発自然エネルギー 未来壊さず依存脱却

社会 神奈川新聞  2015年04月25日 09:49

自然エネルギーについて語り合う藤川さん(左から2人目)と参加者=ピープル・ツリー自由が丘店
自然エネルギーについて語り合う藤川さん(左から2人目)と参加者=ピープル・ツリー自由が丘店

 朝の柔らかな陽光が差し込んでいた。店内に子どもたちの笑い声が響く。4月上旬の休日、都内のフェアトレードショップで社会問題について語り合う「ぺちゃくちゃカフェ」が開かれた。

 子育て中の母親や夫婦がお茶を飲みながら開店前の数時間、テーブルを囲む。

 この日のテーマは「誰もが参加できる太陽光発電」。東京電力福島第1原発事故以降、原発に頼らない暮らしのあり方を模索し続けているという女性が口を開く。

 「電力が自由化される来年にはこちらが電力会社を選び、電気を購入できるようになる。多少高いお金を払ってでも、気持ちいいと思えるエネルギーを選びたい」

 2歳の息子がいる30代の女性は言う。

 「自然エネルギーはすごく興味があるけれど、未知数。家族や地域でどんなことができるのかを学びたい」

 何かしたい。でも、何をしたらいいのか分からない。そう話す参加者に輪の真ん中にいた女性がほほ笑みかけた。「私も最初は何も知らなかったんです」

 長野県上田市で太陽光発電事業に取り組むNPO法人「上田市民エネルギー」代表の藤川まゆみさん(51)は、かつての自分を重ね合わせていた。


■変化
 東日本大震災が起きた2011年3月、藤川さんは大手すしチェーン店でアルバイトをしていた。小学生の子どもを持つシングルマザー。離婚から間もなく、「これからどうやって生きていくのか、全く定まっていなかった」。

 原発の反対運動をしていた兄の影響もあり、エネルギー問題は震災前から知っていたが人ごとだった。青森県六ケ所村の核燃料再処理工場をテーマにしたドキュメンタリー映画「六ケ所村ラプソディー」を07年に見たことを機に、友人と地元で上映会や勉強会を開くようになった。

 回を重ねるごとに仲間が増え、「上田市でも自然エネルギーを活用した事業を起こそう」という声が盛り上がった。思えばそれも、他人任せだった。

 震災が起きて、気が付いた。「心のどこかで『誰かやってくれないかな』って思っていた。私は、何も引き受けようとしていなかった」。太陽光発電を活用した事業のアイデアはあった。「私がやらなければ、アイデアは消えてしまう」とも思った。でも、一歩を踏み出すのは簡単ではなかった。

 当時、ハローワークで職業訓練を受けていたが、パソコンの資格試験にも簿記3級の試験にも落ちていた。「就職指導の先生には、この先の仕事をもっと具体的に考えないと生活できなくなりますよ、と心配されていた。そんな私に何ができるだろうって」

 そんなとき、参加していた地域通貨グループの年配の男性が言った。「藤川さん、僕、参加するよ」。その一言が大きな力になった。分からなければ、聞けばいい。迷ったら、頼ればいい。

 「名乗り出て、思いを口にしたとき、周りには協力してくれる人、応援してくれる人がたくさんいたことを知った」

 震災から9か月後、上田市民エネルギーが産声を上げた。


■参加
 「相乗りくん」。プロジェクト名には、自らの思いを込めた。「広くて日当たりが良い屋根に、プロジェクトの参加希望者が太陽光パネルを『相乗り』させ、地域に自然エネルギーを増やしていく」。市民が資金を出し合って屋根にパネルを設置するだけでなく、太陽光エネルギーと売電収入を分け合う仕組みをつくり出した。

 屋根の所有者「屋根オーナー」は、パネルの容量が増えることで初期費用を安く抑えることができる。一口10万円以上、希望の金額で設置費用を負担して、自分のパネルを屋根に設置する「パネルオーナー」は自ら屋根を持たなくても太陽光発電に参加できる。

 上田市は全国でも日照時間が長く、雪も少なく、太陽光発電には最適とされた。かつて栄えた養蚕農家の広い屋根が空いており、パネルを設置する場所も十分にあった。

 1軒の屋根から始めた事業は現在、集合住宅など23軒で計約200キロワット分のパネルが発電を行っている。平均的一般住宅の設置にすると約50軒分に当たる。107人を数えるパネルオーナーの半分は県外在住者だという。

 川崎市に住む40代の女性は「賃貸マンションに住む私でも、ちょっと参加してみようといったように『ちょい乗り』感覚でできる」と話し、「参加を検討してみたい」と続けた。


■自立
 活動を始めて間もなく3年半。藤川さんは歩んできた道のりを振り返り、「すごくいいトレーニングをさせてもらっている」と笑う。

 「次々とハードルが立ちはだかる。資金調達に設置工事、事業計画や構造チェック、組織づくりや人材育成。やらなければいけないことは山ほどあり、そのたびに『もう無理』って思った」

 一方で、こうも感じた。「『もう無理』と思った後に力がつく。自分が何をやりたいのか、どうしたらうまくいくのかを学び、それが次のステップへとつながっていく」

 参加者の女性が隣でうなずいた。「原発政策に反対していたとしても、東京電力の経営に口を出すことも、意思決定に加わることもできなかった。決定に参加できないから、責任を持つこともできない。でも、市民発のエネルギーだったら民主的に物事を決められるし、自分たちの意思を反映することもできる」

 目指すのは、依存ではなく自立、それはまた、電気の使い方にとどまらず、自分たちが望む社会のあり方にも通じている。藤川さんは言う。

 「自然エネルギーこそは持続可能なシステム。放射性物質を生み出すこともなければ、遠い国の化石燃料を奪い合うこともない。使うことで誰かを傷つけない。未来を壊さない」

 テーブルを囲む大人たちの視線の先に、無邪気に遊ぶ子どもたちの姿があった。


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