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大江千里「選ばなかった扉の向こう」

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神奈川新聞  2004年06月06日公開  

25日に横浜でライブを行う大江千里さん
25日に横浜でライブを行う大江千里さん

 2008年。大江千里(54)は25年間積み重ねたキャリアを捨て、愛犬だけを連れて、米ニューヨークに渡った。

 それは友人や知人を見送ることが増えていった47歳のとき。経験も技術も十分に脂が乗り、シンガー・ソングライターとしての地位を不動のものにしていたが、人生の曲がり角に立ち、「このままでいいのか」「やり残したことはないか」。焦りに似た感情がわいた。

 3歳で始めたクラシックピアノは、小学3年生まで続けていた。「男がピアノをやるなんて」という好奇の目がイヤで音楽に背を向けた。空いた時間は野球に注ぐなどしたが、カーペンターズの音に触れ、未知のフレーズにときめいた。「この音はどうやって出すんだろう」「どうやって弾いているんだろう」。再び向き合った鍵盤。大阪・ミナミにある若者文化の発信拠点・アメリカ村にある中古レコード屋に入り浸り、出合ったのがジャズ。ウィントン・ケリーやビル・エバンスなどのレコードを〝ジャケ買い(ジャケットのイラストや写真など、見た目で盤を購入すること)〟し、本場ニューヨークに思いをはせた。

 「自宅のピアノからは出ない音がある」「ジャズの音のからくりを学びたい」と藤井貞泰の教則本を見て、ジャズの世界に飛び込もうと決心。しかし、大学在学中に受けたオーディションをきっかけに、シンガーとしてメジャーデビューの切符をつかんだ。「もともと目の前のことに全力投球するタイプ」。1983年5月にシングル「ワラビーぬぎすてて」、アルバム「WAKU WAKU」でプロとして始動すると、Jポップの世界に身を置きシーンを引っ張ってきた。


 くすぶらせてきたジャズへの思いは、「50歳までJポップをやって、それから第二章として、ジャズやろう」とぼんやり頭に浮かべていたとき、ショーウインドーに映る自分の目に覇気がないことに気がついた。「本当にやりたいことは後回しにしているのではないか」。20代のとき。少しだけ暮らしたニューヨークの自宅近くにあった、「ニュースクール」というジャズ名門校の看板がまぶたに浮かんだ。「いまが、やるときだ」。課題曲の音源、TOEFLの得点、志望動機などをまとめて送ったところ、入学許可の返事が届いた。
 
 あの日、選ばなかった扉の向こうへ。

 「事務所もレコード会社も辞めて、ファンクラブも解散した。支えてくれた人たちを傷つけて出てきた。絶対戻れないと自分を追い詰めたんです。戻る道を残しちゃいけないと思って。ゼロからやらないと、本当に欲しいものは手に入らないから」。「ジャズをポップな曲に取り入れたこともあったし、自分はセンスがあるって思っていたんですよね」。だがその経験は学校では通用しなかった。「45人中、(成績が)45番目でね。周りは18とか20歳くらいの若い子ばかりでしょう。『できないやつ』とレッテルを貼られて、クラスメートに無視されることもあった。『一人だけジャズをやったことがない人がいるみたいです』って言われたときは落ち込みましたよね。自尊心なんてズタズタで。でもね、ずっと知りたくてやりたかったことだから、ジャズを辞めたいと思うことはなかった」。


 在学中は、タイ人のドラマーとシェアハウスを経験した。苦手なところを教わり、自分の得意分野で相手の良さを引き出していく中で、だれもが得意なことと、不得意なことを持っていることに気がついた。「僕が持っている大阪人としての音楽感。たとえば河内音頭とかね。そういうものをジャズに織り込めば、欧米の人にはつくることができない僕のジャズになる。大事なことは、持っているものをシンプルに伝えるということだから」。

 人生は一度きり。2012年5月に卒業証書を受け取ったとき、クラスメートと「僕らこの街で埋もれないようにしよう」とエールを交わした。「ここからは自分で自分の学校のプログラムを作るんだ」。電車通学。料理・洗濯・買い物……。すべてを一人でこなした日々では、突然のスト、停電などにも遭遇。「日本じゃこんなことあり得ない」が口癖だったが、いまは大事なオーディションがあれば2時間前に家を出る。余裕と、予測を持って動くことを学んだ。「地下鉄が止まれば、臨時バスが出ることを知った。目的地の近くまで行くことができればラッキーじゃないか」。そう転換できるようになったとき、身も心も自由になった。

 4年半の武者修行を経て本場でデビュー。いまではミッドタウンにある「tomijazz」で月に数回ライブを行うなど、現地に“ホーム”もできた。大江のピアノと、ベースのジム・ロバートソン、サックスのヤシーン・ボラレスで紡ぐドラムレスの音楽は、「メトロノームと違う、3人のフィーリングが魅力。ドラムの1、2、3っていうカウントがないので、演奏の中でお互いにキャッチボールをしながら音を生み出しています。自由に音楽を発信し、みんなを驚かせたい」。
 
 県内は「モーション・ブルー・ヨコハマ」(横浜市中区)で25日に、東京では5月5・6日に「ブルーノート東京」(東京都港区)で公演を行う。【西村綾乃】


 おおえ・せんり。1960年9月6日、東京都生まれ。1983年5月にシングル「ワラビーぬぎすてて」、アルバム「WAKU WAKU」でデビュー。「格好悪い振られ方」などのヒット曲を持ち、松田聖子・渡辺美里らへの楽曲提供やプロデュースなども手がける。音楽活動の他にも俳優として映画やテレビドラマにも出演。2012年にジャズピアニストとして新しい扉を開いた。ニューヨークでの奮闘記をまとめた著書「9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学」(KADOKAWA)が発売中。


25日に横浜でライブを行う大江千里さん
25日に横浜でライブを行う大江千里さん

25日に横浜でライブを行う大江千里さん
25日に横浜でライブを行う大江千里さん

25日に横浜でライブを行う大江千里さん
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25日に横浜でライブを行う大江千里さん
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