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音のチカラ
遠き被災地、でも思い継ぐ

社会 神奈川新聞  2015年04月21日 10:42

定期演奏会で「きせきの一本松」を演奏する横浜隼人中学・高校吹奏楽部=横浜市中区の県民ホール
定期演奏会で「きせきの一本松」を演奏する横浜隼人中学・高校吹奏楽部=横浜市中区の県民ホール

 東日本大震災の復興のシンボルとなった「奇跡の一本松」をテーマにした作品に取り組む吹奏楽部が横浜にある。合言葉は心を一つに、そして忘れない-。音楽が持つ力、その可能性というものがあるとするなら、私は触れてみたいと思った。

 小さな坂を上り切った先、校門をくぐると、練習前のウオーミングアップ、クラリネットの滑らかな連続音が耳をくすぐる。浮き立つ心。目指す部室は校舎1階、廊下の突き当たり。壁際に無数の革靴が向きをそろえ、三段重ねで並べられていた。

 「靴を整えられないようでは、音をそろえることなどできない」。顧問の栗原誠司教諭(57)の口調に誇張の響きはない。弾む「こんにちは」のあいさつに迎えられた室内に貼り出された画用紙にはこうあった。

 〈何でも言い合える、HAYASUIつくる〉
 「はやすい」こと横浜隼人中学・高校吹奏楽部は目下、東関東吹奏楽コンクールに9年連続出場中。「やる気があるなら本気で」「頑張ったことは誇りになる」。元トランペット奏者の熱血に導かれ、全国大会へあと一歩の強豪である。

 部員約100人。それぞれが意識する「心を一つに」。練習を始める前、5分の時間を設けて全員が握手を交わす。伝わる体温に心が開き、内なる熱を確かめ合う。さあ、きょうも頑張ろう-。さまざまな楽器の音を折り重ねて作品を編み上げる吹奏楽にあって、心の対話を大切にする「はやすい」に、その作品はふさわしいのかもしれなかった。
 


 高らかなトランペットのソロが薄暗いホールに荘厳な情景を運んだ。

 海を見下ろす松、屹立(きつりつ)のたたずまい、その数7万本、青く輝く松原-。

 3月25日、県民ホールで催された定期演奏会、音楽物語「きせきの一本松」に命が吹き込まれた。

 岩手県陸前高田市沿岸の松林で東日本大震災の津波に耐え、ただ一本残った松の物語。擬人化した「松にゃん」を主人公にした絵本を基に演奏、合唱、朗読で構成される。

 なぎを感じさせる優しい音色から一転、打ち続く大太鼓、和太鼓の大音量が空気を震わせる。聴く者は心を揺さぶられ、キリキリと迫る旋律に津波の来襲を知る。あの日、ヘリコプターからの中継映像に見た驚愕(きょうがく)の光景がよみがえる。

 松たちが合唱で鼓舞する。

 「人や畑を力を合わせて守るんだ」

 津波に押し流されていく仲間をしかし、松にゃんはどうすることもできない。感じた恐怖と無力さ、絶望と後ろめたさ。それでも唯一残された姿は人々から光の存在として愛され、凍った気持ちが解けてゆく。そして静かに永遠の眠りにつく。松ぼっくりという未来を残して-。

 約20分の作品は山口卓郎音楽監督(52)が知人の作曲家に制作を依頼した。妻が絵本の作者と親しく、作品を目にして「震災を忘れないために」と思い立った。陸前高田にも足を運んだという山口監督は言う。

 「松を見上げた瞬間、涙が止まらなかった。曲中、胸が苦しくなる場面もあるが、目をそらしたり、耳をふさいだりしないでほしい」

 音に呼び覚まされた想像力が生み出すリアリティー。山口監督の言葉はまた、演奏する子どもたちに向けられたものであるに違いなかった。


 4月から部長を務める松村琴依さん(17)が振り返る。

 「地震自体はいつもよりも揺れたなと思った程度だったけど、家に帰って町を襲う津波の映像を見て、いつ私たちのところに来てもおかしくないとおびえた。曲を初めて聴いた時はあの映像が頭に浮かび、怖い気持ちがよみがえった」

 だからこそ-。

 「知らずに演奏してはいけない気がした」

 部員それぞれが津波の映像や写真を見返し、震災、津波、一本松の存在について思いをめぐらせた。「音符を追うだけでは、曲が訴えるものを伝えることはできないから」

 そして知った、今も苦しみの底にある人たちの存在。「ショックだった。つらい思いをした人がいるのだということを忘れてはいけないし、伝えていかなければ」。楽器に吹き込む思いは明確になっていった。

 失われた平穏、家、仕事、愛する人の命。それは、その人をその人たらしめた過去であり、未来の希望であり、戻ることのない今。関連死を含め2万人を超える犠牲を数えた東日本大震災から4年、栗原教諭は思いを新たにする。

 「遠く離れた被災地と学校は縁もゆかりもない。多くの命が犠牲になった事実の重さを知りたくないと部員が望めば、この物語を演奏することもなくなる。でも、部員たちがやりたいと思うのなら尊重する」

 自ら選んだ道なら、わが事として向き合える。高校の教頭でもある栗原教諭は「自分で決め、行動した結果なら、どんなものでも長い人生の肥やしになるはずだ」と続けた。


 当初は別の音楽物語に取り組むことになっていた。きせきの一本松は1年前の定期演奏会で演奏されており、同じ作品を2年続けたことはなかったからだ。

 「私たちもやりたい」と声を上げたのは1年生だった。「メッセージは今年も伝えるべきだ」。松村さんたち上級生が思いに応えた。

 自主性を育むため、顧問や監督が何かを強いることはない。演奏会をやるのか、やらないのか。構成、運営を含めて部員に任されている。そうして決まった演目だった。

 だからなのだろう、語りを担当した高校2年生、伊藤彩音さん(16)の言葉に決意の趣が漂う。

 「松にゃんが『僕、どうすることもできなかった』と言う場面がある。自分が同じ状況になったらどうするだろうと想像し、悲しく、切なくなった。自分に降りかかった痛みではなくても、立ち止まって考える時間を持ち、被災地の人に忘れないよという思いを伝えたい」

 山口監督と部員たちには「被災地の人にこの曲を聴いてもらい、励ますことができたら」という考えがあった。今はそうは思えないと松村さんは言う。「耳にすればあの光景を思い出してしまう」。14年の初演時に寄せられたアンケートにも「音が生々しすぎる」という感想が1通あったという。

 物語は光が差して終わるが、終わらぬ悲しみ、戻らない命がある。演じる私たちと耳にすることさえできない被災地の人たち。そして思い至った、せめて「立ち止まって考える」「忘れないよという思いを伝える」。心を寄せても決して同じにはなれないという峻厳(しゅんげん)な現実を前にした16歳の決意はだから、尊かった。

 演奏をする。それは想像することだ。譜面の向こうに自らを重ね置き、今この瞬間の喜び悲しみを音符に乗せてゆく。楽譜をなぞるだけではないその営みは、まだ見ぬ明日を創造することでもあるはずだ。そして、担い手は目の前にいるこの若者たちにほかならない。

 信じて見守る栗原教諭は言う。

 「自分たちにできることを考え、被災者を支えたいという小さな火が私たちの中に生まれた。その火を燃やし続け、絶やしてはいけない」

 言葉はやがて、祈りにも似て-。


語りを担当した伊藤彩音さん(左)と部長の松村琴依さん
語りを担当した伊藤彩音さん(左)と部長の松村琴依さん

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