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核廃絶訴え渡米へ 県原爆被災者の会

社会 神奈川新聞  2015年04月21日 10:38

NPT再検討会議に合わせ渡米する県原爆被災者の会の中村会長。会員が自らの体験をつづった詞画集を配布し核廃絶を訴える=県庁
NPT再検討会議に合わせ渡米する県原爆被災者の会の中村会長。会員が自らの体験をつづった詞画集を配布し核廃絶を訴える=県庁

 米ニューヨークの国連本部で27日に開幕する核拡散防止条約(NPT)再検討会議に合わせ、県原爆被災者の会の被爆者4人が渡米する。街頭デモに参加し、国連本部で開かれる原爆展などで当時の体験を語る予定。「さまざまな方々に会い、核兵器廃絶と再び被爆者をつくらないことを訴えたい」。広島で被爆した中村雄子会長(83)=平塚市=は、思いを強くする。

 「爆心地から600メートルぐらいの所にいた1年生223人は、全員亡くなった。本当に悲惨な姿だった」。中村さんの脳裏には、70年前の記憶が鮮明に残っている。

 女学校の2年生だった当時、学徒動員で爆心地から2・8キロ離れた工場で働いていた。空襲警報が解除され敵機が去った時、友人の声が聞こえてきた。「あっ、落下傘を落とした」。視界が黄橙色に包まれた。

 閃光(せんこう)を目にした瞬間、ものすごい衝撃とともに爆風が工場の中を吹き抜け、床にたたきつけられた。気が付くとガラスの破片で左腕の内側がえぐられるけがを負っていた。

 何とか生き延びたが、広島では学徒動員の作業中だった約7千人の子どもたちが命を落としたという。

 「生きたかった人生を生きられなかった子どもたちへの鎮魂の思いをいつまでも持ち続けたい。子どもたちを二度とそういう目に遭わせたくない」

 中村さんは約30年にわたり、核兵器廃絶を訴える活動を続けてきたが、状況に大きな変化はない。

 今年1月、米科学誌が管理する「終末時計」の針が3年ぶりに2分進められ、残り3分となった。3月にはロシアのプーチン大統領が、昨年2月のウクライナ政変で核兵器使用の準備をするようロシア軍に指示したことを明らかにした。

 「核戦争への歯止めがかからなくなる恐れがある。だからこそ私たちが、核廃絶を訴え続けなければならない」。中村さんは力を込める。

 県原爆被災者の会の4人は、24日~5月1日の日程でニューヨークを訪問する。日本原水爆被害者団体協議会が派遣する約40人の代表団メンバーとして、NPT再検討会議の傍聴や各国政府への要請活動を行う予定。原爆被災者の会の会員が自らの体験をつづり、被爆55年目の2000年に刊行した詞画集「忘れられないあの日」の英訳版千部も配布するつもりだ。


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