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別の依存へ予断許さぬ 危険ドラッグ「クロス・アディクション」

社会 神奈川新聞  2015年04月17日 12:48

危険ドラッグを含めた薬物依存症からの脱却を目指すプログラム「SMARPP」に参加する患者ら =県立精神医療センター
危険ドラッグを含めた薬物依存症からの脱却を目指すプログラム「SMARPP」に参加する患者ら =県立精神医療センター

 新たな依存薬物として社会問題化した危険ドラッグ。取り締まりの強化により、県内の医療現場では依存症患者は減少傾向にある。ただし、別の依存症に移行する「クロス・アディクション(多重嗜癖(しへき))」現象も見られ、根本的な解決には至っていないとの指摘もある。相談や治療体制の充実が求められている。

 横浜市港南区の県立精神医療センター。青のボタンダウンシャツとジーンズ姿で来院した30代男性は会社員で既婚者だ。

 男性が危険ドラッグを使い始めたのは約2年前。当時はまだ違法ではなかった「リキッド」と呼ばれる薬物だった。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で知り、「合法」「気分が良くなる」といった書き込みを見て軽い気持ちで取り寄せたのが始まりだった。

 使ってみると確かに気分が良くなった。それからさまざまな危険ドラッグを試すようになった。

 ドラッグを手放せなくなるのに時間はかからなかった。高揚感を味わう一方、「自分を常に見張る監視員」の幻覚に悩まされるようにもなった。

 危険ドラッグの使用は取り締まりの強化を機にやめた。「違法じゃないから手を出しただけ。気持ちが良くなるものやすぐに吸えるものはすべて違法になってしまったので、もう使う気はない」。仕事の合間を縫って通院し、まだ現れる「監視員」の幻覚と闘い続けている。

 同センターで扱った危険ドラッグ依存症の初診患者数は昨年度、101人に上った。前身のせりがや病院時代を含めて以前は年間20人程度だったが、3年ほど前から同100人程度の高水準が続いていた。

 特に昨年4月の薬事法改正で新たに所持も禁止するなど規制が強化されると、逮捕を恐れた患者や家族が殺到し、同年7月には1カ月で20人も初診患者が来院した。

 その後は減少傾向にあり、ことし3月には1人にとどまった。

 同センターの小林桜児医師によると、危険ドラッグ依存症患者の特徴は反社会性が薄いことだという。「順法意識が高く、逮捕されるリスクを冒したくはないから、当時は『脱法』だったドラッグに手を出した。だから違法性が強調されるとすぐに自粛する」と分析する。

 覚せい剤は罰則が厳しく、たびたび乱用者が殺人事件などを起こして大きく報道されても使用者は減らないという。それに比べて危険ドラッグは違法になるとやめる人が多い。「危険ドラッグ使用者は、かつての薬物依存症患者に多かった不良少年とは全く違う層で、むしろ表面上は“良い子”が多い」と小林医師。インターネットを通じた入手のしやすさも薬物に手を出す“普通の人”の増加につながっていると指摘する。


 だが、医療現場では、危険ドラッグ依存症の初診患者数の減少傾向を楽観視してはいない。

 同センターでは実際、危険ドラッグ患者がほかの依存症に移行する「クロス・アディクション」が見られている。危険ドラッグをやめて大麻を使い始めたり、アルコール依存症に陥って入院したりした患者もおり、一時期減っていた覚せい剤依存症患者も再び増加傾向にあるという。

 同センターでは危険ドラッグをはじめ薬物の再使用を防ぐためのプログラム「SMARPP(スマープ)」に力を入れている。通院者や外来患者を対象に週1回約2時間ずつ続け、16週と24週のコースがある。

 プログラムではワークブックを使いながら、依存している薬物がなぜ危険なのか、再使用の引き金は何か、どのようにして再使用を避けるかなどを学ぶ。グループのメンバー同士でそれぞれの体験も語り合いながら、仲間とともに断薬を継続するのが目的だ。

 取材に訪れた3月上旬の回のテーマは「休日と回復」。通院中の男性5人が参加し、看護師の主導でワークブックを順番に音読した後、「飲み会などで過去の仲間と再会したら薬を使ってしまいそう」「休みの日に孤独や寂しさを実感すると薬を使いたくなる」などと、それぞれが抱える休日の問題を話し合った。途中の休憩時間には尿検査も行い、断薬の継続も確認した。

 薬物依存症の治療に長年かかわってきた小林医師によると、以前から処方薬や市販感冒薬など合法薬物の依存患者は一定数いたという。「違法性の低い薬物への潜在的なニーズがあったからこそ、危険ドラッグが急速に流行したのではないか」と分析する。

 その上で「注目すべきは薬物の種類ではなく、逮捕されにくい薬物を必要とする“良い子”たちが増えてきていることだ」と強調。「取り締まりによって依存症が治るわけではない。依存症の背景にある孤独感や生きづらさに目を向け、適切なケアをしなければ、違う薬物や依存症に逃げるだけ」と警鐘を鳴らし、再使用防止に向けた治療や相談の必要性を呼び掛けている。


治療施設の少なさ課題 各地で独自規制条例制定

 危険ドラッグはかつて「脱法ハーブ」などとして販売されていたが、近年はその多くが違法薬物に指定され、昨年4月には販売だけでなく所持も禁止されるなど規制が厳しくなっている。

 全国各地で独自の規制条例制定も相次ぐ。神奈川県も独自に危険ドラッグなどを規制する条例を4月から施行。国が違法薬物と指定するのを待たずに知事が独自に指定し、販売や所持を禁止するほか、県警への販売店舗立ち入り調査権の付与、緊急時の店への販売中止勧告などを行う。

 県警も3月に「薬物乱用防止総合対策プロジェクト」を発足させ、違法薬物の販売実態の把握や取り締まりを強化している。

 規制強化が進む一方、危険ドラッグなどの薬物依存症患者の治療ができる施設は全国的に少なく、課題になっている。

 厚生労働省はSMARPPを中心とした認知行動療法プログラムを全国の精神保健福祉センターのうち50カ所強で実施できるよう、本年度から助成制度を開始。家族支援もモデル事業で始める予定だ。同省は「全国どこでも効果的な治療を受けられる体制を整え、薬物の乱用防止につなげたい」と話している。


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