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パラオへの出港を前に横浜港で停泊する巡視船「あきつしま」=3月25日、横浜市中区
パラオへの出港を前に横浜港で停泊する巡視船「あきつしま」=3月25日、横浜市中区

 日本から南へ約3000キロ。数百の島が集まるパラオには世界有数のサンゴ礁が広がり、観光地として人気が高まっている。太平洋戦争では激戦地の一つだったことでも知られ、25年にわたって委託統治していた日本とのゆかりは深い。ミナト横浜に、パラオとの縁を探った。


宿泊場所は巡視船

 第3管区海上保安本部(横浜市)所属の巡視船「あきつしま」(6500トン)は4日、パラオ沖に到着した。天皇皇后両陛下の宿泊先となるため、横浜港から5日をかけて航海した。

 あきつしまは、全長約150メートルで世界最大級の巡視船。大型ヘリコプターを2機搭載できる。両陛下のパラオ訪問に合わせて、快適に過ごすことができるように船内を改装したという。

 9日は、戦没者慰霊碑があるペリリュー島への移動にヘリが使われた。海上保安庁などによると両陛下が巡視船に宿泊されるのは初めてという。

 山下公園に係留されている氷川丸は戦時中、病院船として終戦までの3年半にわたって南太平洋の島々を結んだ。傷病兵を運ぶだけでなく、パラオに派遣する技師らが日本から乗船していたとの記録が残されている。


病院船として南太平洋を航行していた太平洋戦争末期、日本人技師らをパラオに送り届けた氷川丸
病院船として南太平洋を航行していた太平洋戦争末期、日本人技師らをパラオに送り届けた氷川丸

  三菱重工業横浜製作所(横浜市)によると、太平洋戦争末期にパラオに造船所を建設するため、1944年4月20日に技師ら14人を乗せた氷川丸が横須賀港を出港。5月1日に到着したが、技師らはその後、激しい戦火に巻き込まれた。

 横浜製作所の前身、横浜造船所が61年4月に発行した「横船ニュース」には「(氷川丸の)第三便で出かけて生き残りは私一人です」と話す男性職員が登場し、14人のうち生還したのは一人だけだったことを明かした。



 今年1月、横浜市中区にパラオ名誉総領事館が開館した。レメンゲサウ大統領から名誉総領事に任命されたのは、港湾荷役業「藤木企業」の藤木幸太社長。

 藤木社長は15年ほど前、日本とパラオを結ぶチャーター便の運航会社社長に声を掛けられ、パラオに関わるようになったという。


在横浜パラオ名誉総領事の藤木幸太さん=横浜市中区
在横浜パラオ名誉総領事の藤木幸太さん=横浜市中区

 何度も足しげく通ううちに、優れた自然環境を生かした観光のあり方について在日本パラオ大使と意見を交わすように。「高所得層を対象に質の高いサービスを提供するとともに、観光資源を保護することの大切さについて意気投合した」と話す。

 一方で横浜ベイサイドマリーナで毎年開かれるヨットレースでは、抽選で当たる賞品にパラオ旅行を用意するなど、パラオ観光の普及に尽力。そうした功績から、名誉総領事に推挙された。

 「パラオでは80歳以上の人は日本の教育を受けており、国民は日本に対して尊敬の念を持ってくれている。(天皇皇后両陛下のご訪問で)私たちがパラオを深く知る機会となったことが喜ばしい」と話している。


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