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飛鳥田一雄生誕100年<下> 国にもの言うのが地方

社会 神奈川新聞  2015年04月03日 09:49

ノース・ドック入り口の村雨橋で座り込む人々を前に、戦車を通行禁止とした理由についてマイクを手に説明する飛鳥田市長(当時)=1972年8月
ノース・ドック入り口の村雨橋で座り込む人々を前に、戦車を通行禁止とした理由についてマイクを手に説明する飛鳥田市長(当時)=1972年8月

 辺野古埋め立てをめぐる沖縄県と国の対立、原子力発電所の再稼働での国と立地自治体、周辺自治体住民との溝。今も続く基地と原発の問題に、横浜市長だった飛鳥田一雄も直面した。ブレーンの一人として支えた鳴海正泰(83)=関東学院大名誉教授=は「自治体は国の下請け機関でもなければ、末端機構でもない。国のお仕着せでは駄目だということを自治体の代表として具体的な行動で示したのが飛鳥田だった」と話す。


 米国が北ベトナムへの爆撃を再開した1972年春、ベトナム戦線で使うM48戦車を相模総合補給廠(しょう)(相模原市)で修理し、横浜ノース・ドック(横浜市神奈川区)から積み出す作業が始まった。

 飛鳥田は市長の権限で戦車を搬送させない手段を考える。車両制限令が改正され、制限を超える重さや幅の車が市道を通る際、市長の許可を得なければならなくなった。これを利用したのだ。

 8月5日、M48戦車を積んだ5台のトレーラーが補給廠を出てノース・ドック手前の村雨橋にさしかかったところでピケ隊が行く手を阻んだ。法令に基づいているため市職員も当然のこととして、動くことができた。

 弁護士としてBC級戦犯の法廷に立った経験を持つ飛鳥田は「安保反対」と抽象論を叫ぶのではなく、「国内法を守れ」という一点だけを徹底して主張する。「米国は日本の法律を守れ」。むき出しの戦車を前にハンドマイクで何度も叫んだ。

 多くの市民が見守る中、2日間の足止めで戦車は補給廠に引き返す。政府は結局、車両制限令を改正。11月8日に米軍は96日ぶりに搬送を行った。後にベトナムを訪れた飛鳥田はファン・バン・ドン首相から礼を言われたという。

 戦車闘争のほか、飛鳥田は、日米地位協定でできなかった米海軍鶴見貯油施設の立ち入り調査も日米共同という形で実現させた。「検査ができないならば災害時に市は一切面倒を見ない」と国に迫った。

 今、普天間飛行場の辺野古への移設で対立が深まる沖縄県と国のありようは、国や米軍と対峙(たいじ)した横浜市の戦車闘争とも重なって見える。

 鳴海は「地方自治体とは中央政府と常に対抗関係にある『市民の政府』であるという意識を持つことだ。それは今も必要だ」と力説する。
 


 67年6月、科学技術庁と日本原子力船開発事業団が横浜市に対し、建造が決まった原子力船の母港用地として根岸湾埋め立て地の一部を譲ってほしいと申し入れた。

 原子力を一切、横浜に入れないことが飛鳥田の基本方針だった。母港設置を拒むため、職員に命じて世界初の原子力商船だった米国のサバンナ号について調査させた。

 調べるほどに安全性に懸念が募った。国や事業団は粘ったが、経済的なメリットがないことを理由に飛鳥田は母港設置を断る。

 同年11月、国内初の原子力船の母港は青森県むつ市に決まった。船名は「むつ」。69年に進水。74年8月26日、漁師らの反対を押し切って出港した。

 同年9月1日、太平洋上で出力上昇試験中にむつは放射線漏れ事故を起こす。地元の帰港反対運動で長らく漂流。地元の猛反対にもかかわらず出力試験のために出港したことから、原子力行政に対する市民の不信が噴き出した。

 むつは95年に原子炉を撤去。改造され、海洋研究開発機構の海洋地球研究船「みらい」に転用された。

 むつの放射線漏れをきっかけに、原子力行政を推進する原子力委員会が安全審査も所管することへの批判が高まり、78年に原子力安全委員会が設けられた。だが、その安全委は2011年の福島原発事故で機能不全を露呈する。安全委と保安院は廃止され、12年に原子力規制委員会が設けられた。

 原発の再稼働を推し進める今の国の姿勢は、反対の多い中で見切り出発したむつと二重写しのようでもある。

 「原発や基地の問題での政府と地方の関係を見ても、日本の社会は閉塞(へいそく)的になってきている気がする」。鳴海はつぶやいた。
 


 飛鳥田とともに「1万人市民集会」などを手掛けた鳴海は約半世紀の間に「市民参加や地方分権も一定程度は進んだ」と話す。革新自治体の取り組みが普通のルールになってきた。つまり、保革を超えて一般化したといえる。

 「ただ」と付け加え、政府が主導する形で唱える「地方創生」について触れ、こう続けた。

 「今は地方でも政府の政策を批判するということがなくなっている。国に寄りかかっている気がする。かつて長洲(神奈川県知事)が唱えた『地方の時代』のような共感を呼ぶテーマがなかなか出てこない」。

 鳴海は言う。「国は常に中央集権的な性格を持っている。地方自治体は集権を強める国に対し、住民の意思を反映してものを言っていく。それが本来、地方自治体に期待されていることだと思う。地方自治は一つの運動のプロセス。市民による自治を常に求めていく過程にこそ、地方自治の存在意義がある」と。

 県議選と3政令市議選がきょう告示され、統一地方選はいよいよ本番を迎える。 =敬称略


市職員や市民の見送りに「ありがとう」と答えながら4期15年を過ごした市庁舎を後にする飛鳥田市長(当時)=1978年3月
市職員や市民の見送りに「ありがとう」と答えながら4期15年を過ごした市庁舎を後にする飛鳥田市長(当時)=1978年3月

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