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  3. 近藤真彦「負けず嫌い」

神奈川新聞  2004年06月06日公開  

「KONDO Racing」の近藤真彦監督
「KONDO Racing」の近藤真彦監督

 ごう音を立て疾走していくマシン。刻まれていくタイムをにらむのは、監督兼オーナーを務める近藤真彦(50)だ。俳優や歌手として活動していた近藤は、1984年にレーサーとしてデビュー。2000年に「KONDO Racing」を立ち上げ、国内最高峰の四輪レース「スーパーフォーミュラ」、市販車を改造した「スーパーGT」、「スーパー耐久」などに参戦し火花を散らしている。28日に「ツインリンクもてぎ」(栃木県茂木町)で開幕する「スーパー耐久」には、自動車エンジニアを目指す「日産自動車大学校」の生徒と共同で参戦。後進の育成にも一役買っている。今季の展望やレースにかける思いを聞く。

 「『レースの意気込みは?』とかさ、どこかのテレビ局が聞きそうな質問しかしないの」。インタビューを開始してすぐ、背筋がピリリとなる答えが返ってきた。「君たちらしいインタビューをしなさいよって言うんだけど。顔を青くして黙っちゃう子が多いんだよ」。日産自動車大学校の生徒たちの様子を聞いているのだが、まさにインタビュー中なのは私だ。ノートに言葉を書きとめるため、伏せていた目を上げるのがためらわれる。私の言葉とはなんだろう…。

 スーパー耐久のガレージに日産自動車大学校の生徒を招き入れたのは2012年。今年は「スリーボンド日産自動車大学校」のチーム名で日産GT-Rを駆る。生徒たちは授業の一環としてエンジニアのほか、成果を学校の公式サイトで報告するため選手や監督の取材、広報活動などを担当。レース当日は客を誘導するためのスタッフとしてもかけずり回っている。

 公式戦は全6戦の真剣勝負。天候の変化、他車とぶつかるなど、レース中にはさまざまなトラブルが発生する。求められるのは起きたことを正しくとらえ、次にするべき行動を考えていくこと。学校は横浜、京都など全国に5校あるため、初対面同士の生徒も多いが、求められるのは瞬時の判断。まごついている生徒には容赦なく喝が飛ぶ。

 「レースにマニュアルは通用しないよって言うんだよね。でも突発的なことに対応できない子は多い。いまの若い子たちは優しいんだけど、弱っちいんだよ」。生徒たちは近藤がアイドルだったことを知らない。知っているのは鬼の形相だけだ。「僕、怖い監督で通ってるから」とフォローはしない。実戦で学ぶ機会を最大限に活かして欲しい。「僕にインタビューしにきて怒られた子がね、怒鳴ったとき半べそだったの。でも何で怒れたのか考えたんだろうね。しばらしくたら、けろっとした顔して『新しい質問を考えてきました!』って来てさ。頼もしいよね」と鬼の顔の裏は愛であふれている。



 4月4日に「岡山国際サーキット」(岡山県美作市)で開幕する「スーパーGT」は、1月末からマレーシアの「セパン・インターナショナル・サーキット」でテストを重ねている。昨年の最終戦では予選14位からのスタートだったが、4位に入賞し速さを見せた。2013年からドライバーを務めているミハエル・クルム(ドイツ)が「WEC世界耐久選手権」に参戦するため1~3戦を欠場するが、昨年に引き続きステアリングを握る佐々木大樹(23)と助っ人のルーカス・オルドネス(スペイン)に期待を寄せ、「開幕戦から勝てるチャンスがあるし、クルムが戻ってくる4戦からはシリーズチャンピオンを狙って走っていく」と目をぎらつかせた。

 「勝ちたいんだよね。勝つためなら、人間関係なんて二の次でいいやって言うのが本音。勝負は勝たなくちゃ意味がないんだから。エンジン、メカニック、シャーシ、勝つためには妥協しないですべてそろえるのが僕の仕事。レースはつらいことが8割。順調だなっていうときに、天候が変わってすべてが狂ってしまったり、調子を上げていたときにほかの車の事故に巻き込まれたり。何でそうなるんだよって頭に来るし、もう辞めちゃおうかなって思うよ、いつも」。早くなる口調に、くやしさがにじむ。

 レーサーとしてステアリングを握っていたころ、「アイドルがレーサーなんて、お遊びだろ」と陰口をたたかれた。声をはねのけるため、己を律し初心を貫いた。思いはいまも変わらない。「レースでうまくいかないときは、もう誰とも口を聞きたくなくなっちゃってさ、バーンってサーキットを飛び出して、車を飛ばして家に向かうの。そのときは、あぁ『歌でも唄っていた方がいいな』って思う。でもね、家に着いたころには、借りは早く返さなくちゃってさ。次のレースのことを考えているんだよね」。

 「落ち込んでも、立ち直って、次のことを考えてって、日産自動車大学校の子どもたちと同じですね」と告げると、「あぁ、そうだね。負けず嫌いは子どものときからだね」といたずらっぽく笑った。



 全7戦を行う「スーパーフォーミュラ」は三重県・鈴鹿サーキットで4月18日に開幕。同レースには今季から昨年まで4輪最高峰の「F1」でしのぎを削っていた小林可夢偉(28)が参戦するため、これまでにない盛り上がりを見せている。

 「可夢偉はライバルチームで走るけど、戻ってきてくれたのは、日本のモータースポーツ界にとって救いだと思ってる。可夢偉自身も子どもをサーキットに招いたりとか、盛り上げるため力を入れてくれているしね。チームの存続は経済に左右されるから、いまの日本の景気がレース界にとって本当に良いのかは分からない。あと可夢偉に続くような選手が国内にいないことはレース界にとってさびしいこと。この注目が1、2年で終わってしまうようじゃ関係者としてつらい。一流の選手を育てるには四輪ならばカート、二輪ならポケバイって3歳くらいから戦いは始まっているからね。メーカーはそこからサポートしてあげられるような環境を作らないと。メディアもさ、『可夢偉が帰ってきた!』ってあわてて盛り上げるんじゃなくて、長く継続してサーキットに足を運んでよ」とくぎを刺された。

 近藤がレースの道を選んだとき、「日本のモータースポーツの素晴らしさをあまり知らない人にも、僕を通じてもっと知って欲しい」という願いがあった。そしてドライビングができなくなったときも、チームを存続させ自チームから世界に通用するドライバーを育成したいという信念があった。「レーサーは前しか見ない」。追いかけるのはライバルではなく、自分が描く自分の姿だけだ。

こんどう・まさひこ。1964年7月19日、大和市生まれ。77年からジャニーズ事務所に所属。79年にテレビドラマ「3年B組金八先生」の生徒役でデビュー。自身も出演した映画「青春グラフィティ スニーカーぶる~す」(81年)の主題歌「スニーカーぶる~す」で歌手としても始動した。第29回日本レコード大賞を受賞した「愚か者」など多くのヒット曲を持つ。84年にはレーサーとしての活動もスタート。F1レースのレポートを務めるなど幅広く活躍している。

【神奈川新聞】



スーパーGTでともに戦う選手たちと
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