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時代の正体〈75〉萎縮こそ権力の狙い

時代の正体 神奈川新聞  2015年03月19日 20:42

シンポジウムでは新聞各社の記者が意見を交わした =13日、東京都文京区
シンポジウムでは新聞各社の記者が意見を交わした =13日、東京都文京区

 国民の知る権利を損なうと危惧される特定秘密保護法の施行から3カ月、報じる側のメディアが同法といかに対峙していくかを考えるシンポジウム(日本新聞労働組合連合など共催)が都内で開かれた。「自主規制こそが危険」「メディア内部にはびこる萎縮に向き合わなければならない」。現場記者の発言は何を問い掛けているのか。



 記者歴20年、共同通信経済部の佐藤大介さんは明言した。

 「萎縮はメディアの側から始まっている。見詰めなければならないのは自分たちの足元だ」

 ソウル支局特派員を経て2012年から調査報道を主とする特別報道室に所属。自衛隊の情報組織「自衛隊情報保全隊」が任務を逸脱し、一般市民の監視活動を行っていることを突き止めた。

 組織の元幹部への取材を重ね、出稿段階となった時、社内の幹部は記事配信を渋ったという。「この情報が確かなものかどうか分からないという理由に始まり、しまいには『防衛省の幹部に確認が取れていない』というよく分からない独自の価値判断を示してきた」。読者ではなく、権力の目の色をうかがう幹部の姿勢に強い失望を感じた。

 同様の空気は現場にも少なからず漂っているという指摘をするのは青森県の地方紙、東奥日報で編集・論説委員を務める斉藤光政さん。「記者自ら萎縮するケースは少なくない」

 約30年間、米軍基地取材を行ってきた斉藤さんだが、07年、米軍三沢基地から国内第1号となる出入り禁止処分を受けた。「基地公開の際、基地を訪れた三沢市長に騒音の苦情に関する質問を行った」という理由だけの処分に同社は抗議し、1年8カ月後に解除された。

 危機感を抱いたのは、米軍側の処分を受けての周囲の反応だった。「『斉藤は怪しい取材をしたのではないか』と臆測する空気が社内外に流れた」。処分後、地元記者クラブの総意として米軍に抗議しようとする動きがあったが、一部のメディアから反論があったため、実現しなかったという。

 「頑張って取材をしたとしても、処分を受け、嫌な思いもして、出世からも外れると想像したときに、それでも書こうと思う記者がどれくらいいるだろうか」

 もともと日本政府は情報公開に積極的ではない。特定秘密保護法の成立前も情報公開制度を用いて請求したとしても、防衛に関わる文書などは「99・9%は黒塗りにされ、得られる情報はほんの一部だった」。

 斉藤さんは言う。「秘密保護法が日々の取材活動自体に影響を及ぼすとは思わない。この法律が狙うところは『この取材をしたらまずいのでは』と記者自身の萎縮を進めることにある」

 記者とは、取材とはいかにあるべきか。

 1995年の沖縄タイムス入社後、米軍基地取材を続けてきた社会部の磯野直さんは「答えは現場が教えてくれる」と話す。

 2012年、同紙は本土復帰40周年企画として米軍占領下時代の基地労働者へのインタビューを試みた。「40年たっているのだから当時のことを話してくれるだろうという、自分の浅はかさにすぐに気が付かされた」。米軍支配下で国民主権も基本的人権もない時代を生き抜いた元労働者らの口は一様に重かった。

 取材に応じると約束してくれた相手を訪ねると、土下座をしながら泣いて謝られた。「『ごめん。話したいが、やっぱり取材には答えられない。娘や息子に何かあったら、あなた責任とれんでしょ』と。こちらは何も言えなかった」

 身分を明かすことで何か仕打ちをされるのではないかという恐怖、いまも基地で働く子どもや孫たちが不利益を受けるのではないかという不安。1960年代の基地労働はベトナム戦争遂行のための仕事であったという負い目が、かつての労働者の心に影を落としていた。

 5万人いるとされる元労働者のうち83人が取材に応じ、うち80人が実名報道、写真掲載にも承諾してくれた。連載は1年3カ月余、139回にわたって紙面に展開され、後に本として世に出された。

 「粘り強く説得を続け、時に酒を酌み交わし、信頼関係を築き、そんな中で、みんな葛藤しながら、こちらの要望に応えてくれた」

 現場に通い、現場に立ち続けることで見えてくる事実があると信じる。

 いま、記者には何が求められているのか。記者になって四半世紀、東京新聞社会部の宇佐見昭彦さんは「不断の努力を続けなければならない」と強調する。

 「省庁の建物内に記者クラブがあるのは当局の犬になるためではない。当局がきちんと仕事をしているか、おかしなことが隠されていないか、間違っていることをしていないか、チェックするためにわれわれの仕事場がある」

 記者会見という場が与えられているのは、読者の知る権利に応えるためにある。「権力をもっている人間にやり込められず、立ち向かう。そういった姿勢が日々、求められている」

 共同通信の佐藤さんは言う。「ジャーナリストはプロの試験や検定があるわけでもない。その日から自分が名乗れば、ジャーナリストになる」。果たして、記者たちはその名に恥じない仕事をしているのだろうか。

 「隣の韓国では軍事政権下、投獄される記者も命を落とす記者もいた。彼らの姿を見ていると、権力だ、秘密保護法だと萎縮しているメディアの姿に恥ずかしくなる」

 見詰めるべきものは自らの姿勢にある。言い聞かせるように、言葉を継いだ。「何をもって記者人生を歩んでいくか。秘密保護法が問い掛けているものは記者一人一人の職業観、人生観なのだと思う」

○記者の思いをまとめ出版

 特定秘密保護法成立から施行まで記者が何を思い、何を考えたのかをまとめた「戦争は秘密から始まる 秘密保護法でこんな記事は読めなくなる」(合同出版)が出版された。

 日本新聞労働組合連合に加盟する全国の新聞社の記者ら11人が執筆した。シンポジウムに登壇した4人の記者のほか、北海道新聞時代、道警裏金事件を取材し、新聞協会賞を受賞した高田昌幸さん(高知新聞)、前新聞労連中央執行委員長の日比野敏陽さん(京都新聞)、ジャーナリスト青木理さんらも名を連ねた。

 700円。問い合わせは、合同出版電話03(3294)3506。

特定秘密保護法

 防衛、外交、スパイ防止、テロ防止の4分野で「国の安全保障に著しい支障を与える恐れがあり、特に秘匿が必要」な情報を特定秘密に指定し、漏えいした公務員に最高で懲役10年の罰則を科す。共謀したり、唆したりした民間人も5年以下の懲役が科される。防衛相や外務相、警察庁長官ら行政機関の長が特定秘密を指定するが、範囲があいまいで政府による恣意的な指定や国民の知る権利の侵害が懸念されている。2013年12月6日に自民、公明両党の賛成多数で成立し、14年12月10日に施行した。

【神奈川新聞】


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