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「神奈川憲法アカデミア」事務局長・山根徹也さん
時代の正体〈74〉知らないなら知らせる

時代の正体 神奈川新聞  2015年03月18日 03:00

山根事務局長
山根事務局長

 この国が思わぬ方向へ進んでいると実感してから10年がたつ。第1次安倍政権で本格化した憲法改正の動きに危機を覚え、神奈川ゆかりの大学教授たちで「神奈川憲法アカデミア」を立ち上げたのは2008年のことだった。設立メンバーの一人、横浜市立大准教授の山根徹也さんは今、自問する。「戦後70年の今年、日本にとって、憲法にとって極めて重要な年になる。われわれ大学人に何ができるのか」

 事務局長を務めるアカデミアは、自民党による憲法改正に反対する立場から憲法をめぐる状況を市民とともに学んでいこうと講演を企画してきた。政治学から憲法学、教育学と各分野の教授陣が登壇し、年4回、10年までに計12回開催。民主党に政権交代したこともあり、その後は年1回のペースになっていた。

 12年12月、そこへ返り咲いた安倍晋三首相。

 「第2次政権はまさかここまでやるかという手法と勢い。特定秘密保護法を成立、施行させ、集団的自衛権の行使容認を閣議決定させた。憲法改正はもうすぐそこまできている」

 山根さんは焦りの色を隠さない。閣議決定を踏まえた新しい安全保障法制の法案は5月にも国会に提出される見通しだ。安倍首相は来夏の参院選後にも改憲を発議する方針に言及している。



 秘密保護法に集団的自衛権、そして安保法制といずれも平和憲法の中核部分に関わる問題であるのに、国政選挙で争点となるのを避け、一方、矢継ぎ早に事を進めていく-。

 山根さんは「国民がその重大性を認識する前に次々と手を打っていくその手法に問題がある」と考える。

 そもそも自民党が最初の憲法改正草案を公表したのは小泉政権時代の05年。翌年に第1次安倍政権が発足するや防衛庁設置法を改定して省に格上げし、07年の年頭には憲法改正を明言、5月には改憲手続法を成立させた。

 体調不良を理由とした同年9月の退陣を経た第2次政権は「第1次政権でやり残したことを一気にやり遂げようとしている」ように映る。

 そして前回とは様変わりした政治状況。自民、公明の与党が衆院で3分の2を占め、参院で過半数の議席を握る。



 護憲派になすすべはないのか。山根さんは「勝算はある」と力を込める。

 「いま多くの国民が『憲法を変えたい』と積極的に思っているだろうか。少なくとも平和憲法を捨て去るような好戦的な世論が高まっているとは思えない。現実は『何が起きようとしているのか、大多数がそれを知らない』という状況だ。それは悲劇的なことではあるが、政権の弱みでもある」

 知らないのであれば、知らせればいい。

 「閣議決定に基づいて法律を変え、自衛隊の活動範囲を広げようとしている。米国と軍事的協力関係をより緊密にしようとしている。米国は世界中で戦争している。中東を含め世界の戦争で自衛隊が活動することになる。自衛隊員の命が危険にさらされ、外国人の命を奪う可能性は増すことになる。そう説明していけば世論は政権についていかないだろう」

 「事実と論理」を武器と頼む学究の徒は力を込める。

 「政権、与党が詳しい説明をしようとしないのは世論の反発を恐れている裏返し。だからこそ一人一人が現実を知り、考えることが重要になる」

 

 山根さんの研究分野は憲法でも政治でも安全保障でもないドイツ近現代史。なかでも注目してきたのは、19世紀の民衆の活動という。

 「この時代のドイツでは(自由主義や国民主義運動を抑圧する)ウィーン体制に抵抗し、民衆が立ち上がり、政治や社会体制を変えたという興味深い動きがあった。このとき民衆は一人一人が自ら考え行動に移していった。自前の考えを持ちつつ、孤立せずに考えを共有していった。そこでは『何がなんでも、これはおかしい』という素朴な価値観から、抵抗というエネルギーが生まれていった。貧困や格差といった社会の変化に人々がどう対応していったのか。これは現代社会の問題を考える上でヒントになる」

 自身の平和への希求は1980年代に過ごした大学時代にさかのぼる。

 学生運動は遠く過ぎ去り、世はバブル経済へと向かうさなか。東京ディズニーランドが開園し、株価がわずか3年で倍額になり、2万円を突破した。

 景気は良くなる一方だったが、中曽根康弘政権によって日米の軍事協力強化に傾いてゆく。山根さんは眉をひそめ、社会のありようを見詰めていた。

 「富は偏在し、軍備は増強され、政権は人権を抑制しようとしているように思えた」

 違和感から官邸前のデモや国会前の座り込みに向かった。しかし、そうした行動を起こすのは少数派だった。



 話は再びこの国の安全保障に戻る。

 「憲法が直面する危機的状況を回避するには、多くの国民が自らの問題として考えてもらうしかない。勤め先も上司も、属する組織からも政権からも指図されることなく自由に、いま何が起きようとしているのか、を考えてみることだ」

 19世紀のドイツで起きた民衆の動きと21世紀の日本を重ね見たとき、大学人として何ができるのか。何をなすべきなのか。

 「突拍子もない妙案はない。結局こんこんと解説して回るしかない。放っておけば、自衛隊員が海外で発砲する危険性が高まりますよ、命の危険がありますよ、と」

 下火になっていたアカデミアの活動に再び火をともそうとも考えている。

 「幅広い分野から大学人に集まってもらい、多角的な視点から、憲法と平和を論じ合いたい。極めて重大なことが始まろうとしていると理解されれば、世論は変わる」

 やまね・てつや 横浜市立大国際総合科学部准教授。横浜市出身、東大卒、同大大学院博士課程修了。著書に「パンと民衆-19世紀プロイセンにおけるモラル・エコノミー」(山川出版社)、共編著に「歴史から今を知る-大学生のための世界史講義」(同)など。49歳。 

【神奈川新聞】


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