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津波そのとき〈2〉 親子の奇跡語り継ぐ

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神奈川新聞  2004年06月06日公開  

完成したばかりの紙芝居を上演する劇団のメンバー=2月22日、千葉県旭市
完成したばかりの紙芝居を上演する劇団のメンバー=2月22日、千葉県旭市

 手をつなぎ、玄関を出ようとした瞬間だった。

 ごう音とともに津波が戸を突き破り、家の中に流れ込んできた。つないだはずの手はあっという間に引き離され、自分の体は台所の茶だんすのところに押し流された。一気に増す水かさ。体中に痛みを覚え、呼吸すらままならない中、必死に叫んだ。

 「正和、ごめんねーっ」

 ほどなく意識を失った。

 千葉県旭市の飯岡海岸近くに住んでいた小野芳子さん(78)は4年前、軽度のダウン症の長男正和さん(40)とともに津波にのまれた。離ればなれになった親子は、しかし奇跡的に命をつなぐ。

 身動きの取れなくなった小野さんは、やはり自力で動けなくなり「このままでは心臓が止まってしまう。名前を呼び続けてくれ」と必死に叫ぶ隣家の男性と励まし合った。正和さんは流されてきた家の屋根にどうにか乗り、救助を待ち続けた。

 消防隊に助けられ、寒さに震えながら再会を果たした2人。4年をへた今、その体験に地元の人々が目を向け始めた。

 「語り継ぐいいおか津波『まーくんガンバレ』」。あの日の教訓を子どもたちにも伝えようと、親しみやすい絵や言葉でまとめられた紙芝居だ。

風化

 完成間もない今年2月のお披露目に、正和さんと足を運んだ小野さんはかみしめるように言った。「こうして紙芝居を見ると、生きることができたんだと実感する。これからも命を大切に毎日を生きていきたい」

 上演した紙芝居劇団「ふく」の座長石井則明さん(56)が言葉を継いだ。「この紙芝居に『おしまい』はない。2人がこれからも元気にいつまでも、という意味を込めたんです」

 小学校2年の長女(8)と3歳の次女を連れて鑑賞した自営業の男性(53)は、自らの家族が歩んできた歳月を重ね合わせた。「当時、保育園児だった上の子は津波を体験している。だから、この4年間はあの日のことを話題にはしてこなかった」

 津波に襲われたわが家はめちゃくちゃになり、半壊と判定された。再建は果たしたものの「世の中の状況を見ていると、震災が忘れ去られていると感じる。家がなくなってしまった地元でも意識が薄れつつある」と映る。だから思う。「機会を捉えて、紙芝居のような人を引きつける方法で伝えていくべきだ」

愛着

 犠牲者を悼む一日となった11日、飯岡でも鎮魂の祈りがささげられた。すべての始まりとなった午後2時46分と、多くの命と家々をのみ込んだ最大波が押し寄せた午後5時26分。2度の黙とうの間に、この紙芝居が披露された。

 締めくくりには、正和さんに小野さんが言葉をかける場面がある。「母さんは海を憎めないのよ。父さんとよく遊んだでしょ。飯岡はこの豊かな海とともに生きてきたのよ」

 伝えたいのは、津波の恐ろしさだけではない。自然の恵みに満ちたこの地に寄せる思いの深さだ。

【神奈川新聞】


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