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  3. 時代の正体〈68〉戦後70年即断よりも模索を
あべ・こうき 神奈川大大学院法務研究科教授。早稲田大卒、同大大学院博士課程修了。専門分野は国際法。国際人権法学会理事長、日本学術会議連携会員。近著に『国際法の人権化』(信山社、2014年)、『国際人権を生きる』(信山社、14年)、『国際法の暴力を超えて』(岩波書店、10年)など。56歳。
あべ・こうき 神奈川大大学院法務研究科教授。早稲田大卒、同大大学院博士課程修了。専門分野は国際法。国際人権法学会理事長、日本学術会議連携会員。近著に『国際法の人権化』(信山社、2014年)、『国際人権を生きる』(信山社、14年)、『国際法の暴力を超えて』(岩波書店、10年)など。56歳。

 安全保障法制に関する自民、公明の与党協議が着々と進む。戦後70年を迎えた時代を国際法の観点から見詰める神奈川大大学院教授の阿部浩己さんは言い切る。「もはや戦時と言っていい」。冷戦後の秩序の再構築で世界は揺れ動く。いま大切なのは即断することではなく、立ち止まり思索をめぐらすことだ-。日本が戦後にたどった歴史がそう物語っているはずだと指摘する。

 「テロリストたちを決して許さない」「その罪を償わせるために国際社会と連携していく」

 安倍首相が国会答弁や記者会見で繰り返す宣言に阿部さんはおののく。有無を言わさぬ強い言動に、この国の安全保障が危機的状況の入り口に立っていると感じる。「『テロ』と『国際社会』。この二つを持ち出し、思考停止に陥ろうとしている」

 残忍な方法で人質の命を奪い、その映像をインターネットで公開するテロリスト。想像を超えた非道な存在と対決するという宣言を「間違っている」と指摘するのは難しい。国会での与野党論戦でも人質事件の政府対応を批判する指摘は「テロリストを利する」と非難され、ネット上では「いま政府を批判することはテロを肯定することになる」という言説が流布する。

 「だが」と阿部さんは力を込める。
 「テロを肯定するつもりは毛頭ないが、『国際社会にとってテロは撲滅しなければならない』と言った瞬間に、そのことが絶対的な正しさを帯びる。それによって、なぜテロが発生するのか、イスラム国という残忍なグループがなぜ生まれ拡大しているのか、『国際社会』とは一体どこの国のことなのか、といった思考が閉ざされてしまう」

 そうして「テロリスト」と「国際社会」を敵と味方に分けてみせる。「安倍政権が閣議決定で容認に持ち込んだ集団的自衛権の行使も、敵と味方を分けることを前提にしている。まさに同じ考え方。つまり『分断』や『対立』『敵対』によって安定や平和を生み出そうという論理だ」

 そのような安全保障によって平和を実現するという論理は、果たして現実的だろうか。

全方位外交


 「先進国の中で例がないほど長く平和を維持してきたのには理由がある。何も単に寝ぼけていたわけじゃない。日本はこの70年間『いかに敵をつくらないか』という思想の中で安全保障に取り組んできた。それは憲法に織り込まれた周到な思想でもある」

だからこそ、自覚している以上に日本人は世界で尊敬のまなざしを受けている。戦後の短期間で復興し、経済発展を果たした「平和主義国家ニッポン」という評価だ。敵をつくらない全方位外交は数多くの日本企業の海外進出を可能にし、各国の信頼を得ることになってきた。

 「これこそが、リアリティーのある平和のつくり方ではないだろうか」
 そして、こう言いつないだ。「外敵から侵攻され、襲撃され、殺される可能性があるということは確かに怖い。だがそこで思考停止に陥ってはいけない。だからこそどうするのか。分断や対立ではない方法があるのではないかと模索する必要がある。その方がより困難で大変な作業だろうが、挑戦する価値がある。なぜなら、それこそが安定した社会を生み出すということを私たちは歴史的経験から知っているからだ」

排除の構図


 阿部さんはこの数年、国内外で起きているさまざまな混乱や紛争、争いに同じ構図をみる。
 例えば在日コリアンの排斥をあおるヘイトスピーチ(差別扇動憎悪表現)。「マジョリティー(大多数)が中心の社会で、異なる存在や生き方を暴力的に排除していく構造がある。少数者の思いに心を寄せることなく、社会を分断し、敵対することで安心を得ようとしている」

 世界に目を転じれば、「国際社会」というマジョリティーが中東のテロリストを軍事力で排除しようとしている。「スケールが異なるだけで、構造はまったくの相似形だ」

 沖縄の基地問題にも同じ相似形をみる。いま名護市辺野古では米軍普天間基地の移設に反対する集会が続く。柵の前で毅然(きぜん)と立ち、声を上げ続ける島の人々の姿を阿部さんは胸の詰まる思いで見続けてきた。

 「彼らは昔から、本土の大多数によって基地を押し付けられてきた。沖縄がそれをどう受け止めているか、どう考えているかなど、本土の人間は真剣に想像したことなどないだろう。もう限界のところまできている。独立を本当に考えるようになっている。今や笑い話ではない。沖縄独立の可能性は、日本の安全保障の根幹を揺るがす事態だが、本土の政府はどれだけ現実的に考えているだろうか」

 阿部さん自身、東京・伊豆大島に生まれ育ち、高校入学と同時に本州へ渡った。「『周縁』の人間は常に『中心』を意識しているが、その逆はないということを肌身で感じてきた」。内地に出てきた時にわが身を襲った萎縮する感覚だ。

 沖縄と本土、アラブと欧米。次元は異なれど、両者の関係も同じ構図に映る。「すべては、マジョリティーとマイノリティーの間に横たわった、不均衡な社会構造の延長線上にある」
 
 そして話は、この国の安全保障に戻る。阿部さんが共通して感じるのは「多様性を受け入れられなくなったこの国のありよう」だ。いま世界は東西冷戦後の新しいバランスをどう形成するか、その過渡期にあるとみる。「冷戦が終結し、社会主義と自由民主主義の対立構造は壊れた。その結果、資本主義が加速度的に拡大してきた。社会主義の影響を受け、充実させてきた社会保障制度は必然的に劣化が進んでいる」

 象徴的だったのは小泉政権時代になされた大胆な規制緩和だ。以来、自由競争は激化し、すべての価値がマネーに単一化され、格差は拡大した。いま「景気回復」を掲げるアベノミクスによって、富はさらに偏在しようとしている。実質賃金は下がり、一方で政策誘導によって物価は上がり続けている。

 だが、次代の社会のあり方について、まだ解は見つかっていない。

 一つだけ言えることがある。「こうした重大局面で大事なのは、即断しないこと。進むために立ち止まらなければいけない。いま必要なのは、勇ましい物言いや陶酔に満ちた決断などではない。じっくり考え多くの意見を聞くこと。そしてまた考える。『のらりくらりするな』と責められようが、ちょっと待て、と模索する。即断よりずっと忍耐力を必要とするだろう。だが、それこそが日本の本当の強みでもあるはずだ」

あべ・こうき 神奈川大大学院法務研究科教授。早稲田大卒、同大大学院博士課程修了。専門分野は国際法。国際人権法学会理事長、日本学術会議連携会員。近著に『国際法の人権化』(信山社、2014年)、『国際人権を生きる』(信山社、14年)、『国際法の暴力を超えて』(岩波書店、10年)など。56歳。


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