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働きたい がん患者の就労〈中〉闘病体験生かし輝く

社会 神奈川新聞  2015年02月22日 13:00

がんを克服し、復職を果たした経験を語る鈴木さん =横浜市神奈川区の県産業保健総合支援センター
がんを克服し、復職を果たした経験を語る鈴木さん =横浜市神奈川区の県産業保健総合支援センター

約7年前に乳がんを患い、8カ月の闘病生活を乗り越えた鈴木美穂さん(31)=東京都品川区=は心身ともにタフさが求められるテレビ局の報道記者だ。

「小学生のころから、ずっと憧れていた仕事。がんになったからこその視点で取材をしています」

1月に神奈川産業保健総合支援センターで行われた企業向けのセミナーで講師を務めた鈴木さんは、病を克服した経験を張りのある声で語った。

セミナーでは、がん患者が増えている現状や発病の原因となる生活習慣、健康診断による早期発見の重要性が説かれ、企業の支援制度が紹介された。県がん対策課の担当職員は「治療が必要になっても、多くは適切な配慮を行うことで働き続けることが可能です」と支援の重要性を強調した。

この日のセミナーはがん対策の一環としてセンターで定期的に行われているもの。県内企業の人事・労務担当者や健康保険組合のスタッフら約30人が参加し、真剣な表情で耳を傾け、メモを取っていた。

■企業責任

木造建材の卸売りや住宅供給などを手掛ける「ナイス」(横浜市鶴見区)を中核会社とする「ナイスグループ」の健康保険組合のスタッフも参加していた。ナイスグループは傷病者の休暇取得や見舞金支給、人間ドック受診費用の補助など支援制度を充実させ、2008年から今年2月までにがんにかかった社員25人のうち、19人が復職を果たした実績がある。

設計を担当する森利夫さん(57)=同市鶴見区=はその一人。13年3月に胃がんが見つかって切除し、「今の自分があるのは会社のおかげ」と話す。

がんだと分かったきっかけは、会社の担当者から勧められ、初めて受けた人間ドックだった。「それまで少々の病気なら通院することはなかった」というが、「ちょっとした腹痛を感じていて、受診費用の補助があるから一応行ってみようかなと思った」のが、早期発見につながった。

切除から1カ月余りで復帰し、治療は行っていない。以前は現場監督として屋外で働くことが多かったが、会社側が体力の低下を考慮し、内勤で設計に関わっている。休職中は健康保険組合から標準報酬月額の3分の2、会社から見舞金として基本給の1割が支給され、治療に専念することができた。「会社は治療や復職に向けて積極的に支えてくれるので、相談しやすかった」と感謝する。

森さんは「やっぱりピンコロ人生がいいよ」と笑う。「ピンピンしていて、突然コロっと逝く生き方。少しでも健康な期間を長くする努力をしようということ」。がんを患ったことがきっかけで健康管理に気を付けるようになり、復帰後は毎朝30分間のウオーキングが日課だ。

職場では健康に配慮した家づくりに携わっている。「がんを克服した経験を生かして、社会に貢献できれば」。その思いは「がんになったからこその視点で取材をしている」という鈴木さんと重なる。

「社員が健康で生き生きと働ける環境を整えるのが会社の責任」というのが、同社の企業理念。厚生労働省は10年の国民生活基礎調査を基に、働くがん患者を32万5千人と推計している。医療技術の進歩によって治療しながら働くがん患者が増え、雇用する側にも「がんとどう向き合うか」という命題が突き付けられている。

■向き合う

内閣府が1月に発表したがん対策に関する世論調査結果によると、がん治療と仕事の両立が難しい理由は「代わりに仕事をする人がいないか、頼みにくい」が22・6%で最多。「職場が休みを許すかどうか分からない」(22・2%)、「体力的に困難」(17・9%)、「精神的に困難」(13・2%)、「休むと収入が減る」(13・1%)の順となった。

森さんのケースのように、働くがん患者にとって雇用側の理解や支援は欠かせない。そういう意味では、鈴木さんも「恵まれていた」という。

同僚が足しげく見舞いに訪れてくれ、治療経過を確認して会社側に報告してくれた。復職を考えるようになると、その同僚を通じて会社側に思いを伝えることができた。復職後は手術の影響で手足にしびれが残っていたが、短時間勤務制度を利用し、回復を待って徐々に仕事を増やしていった。

「同僚が会社との橋渡しをしてくれたのは、上司の指示だったことを後になって知った。同僚には産業医には言えない本音を話せたので、随分と助けられた。周囲の支えがあったから、こうして楽しく仕事ができている」と充実感をにじませる。現在は、がん患者の前向きな生きざまを取材して伝えている傍らで、若い世代の罹患者の支援に取り組んでいる。

過酷な闘病生活から約7年が経過したが、当時の苦しみを忘れるはずはない。がんを告知され、前途が閉ざされた喪失感。生存率は高いものの、どうしようもなく込み上げる死の恐怖。治療の苦しさや将来の不安から逃れるために頭をよぎる自殺願望。病を克服した鈴木さんはしかし今、こう言い切る。

がんは個性-。

「健康な人に比べれば体力的に劣ることがあるかもしれないけれど、心で向き合ってほしい。闘病の経験を生かす方法はあるし、きっと会社は理解してくれる」と信じてやまない。

自らが背負った宿命を乗り越え、その経験を生かして一層の輝きを放つ-。

鈴木さんと森さんは、そんな生き方も容易に選択できる社会の実現を望んでいる。

【神奈川新聞】


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