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風刺画研究家・清水勲さん
風刺画と仏事件【下】シャルリに異議あり

社会 神奈川新聞  2015年01月23日 11:00

「あれは風刺画じゃない」と指摘する清水さん=千葉県習志野市
「あれは風刺画じゃない」と指摘する清水さん=千葉県習志野市

 イスラム教風刺をめぐり襲撃されたフランス週刊紙「シャルリエブド」に、ひときわ厳しい目を向ける男性がいる。元川崎市市民ミュージアム研究員で、40年にわたり風刺画の歴史をひもといてきた清水勲さん(75)は、さらなる負の連鎖を危惧。欧米の事情にも明るい老練家は、風刺画のありようを説いた上で、悲劇を招いた一連のシャルリ作品を「カッコ付きの風刺画」と呼ぶ。その理由は-。

 表現の自由か、冒涜(ぼうとく)か。そんな論争を冷ややかに見詰める。対話や歩み寄りを促す学者やジャーナリストの意見にも、くみしない。問い掛けるのは、もっとシンプルで根源的なテーマだ。

 「あれは果たして、風刺画と呼べるのか」

 イスラム教の預言者、ムハンマドを具象化した「風刺画」を歴史研究家の立場で読み取ると、少なくとも二つの過ちを犯してみえる。

 「敵に打撃を与えてこそ本来の風刺。それが、肝心の敵をまったく勘違いしている」

 攻撃対象を誤り、ムスリムの大きな反発を招いた。いわば「ピントが外れた作品だ」。預言者を描いてイスラム教を侮辱すれば過激派やテロリストが困ると思ったのだろうが、世界に15億人いるイスラム教徒まで傷つけてしまった、と。

 ならば、別の表現方法はあり得たのだろうか。「どう描いても攻撃されるかもしれない」と前置きし、一例を挙げる。「『イスラム国』の黒い旗。あれを使った絵にすれば、少なくとも全イスラム教徒からは反撃されない。人を殺し、拉致することで領土を広げていった人類の敵。むしろ支持されるかもしれない」

 もう一つの禁じ手。個別の教徒はいわば権力者の対極にある存在とした上で、「風刺画って、強者に立ち向かっていくために民衆が生み出した手段なんですよ。だから、弱者を風刺しちゃまずい」。その伝統を築いたのは、ほかならぬ風刺ジャーナリズム発祥の地、フランスだ。

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 「わずか一コマの世界で強者を一刺しし、さらに笑いまで取るというのが一番いい風刺画とされてきた」

 フランスで風刺画を売り物とした漫画新聞、漫画雑誌が盛んに発行されるようになったのは1830年前後。パリ市民が復古王政を打倒した「七月革命」に重なる。当時、民衆の中には読み書きのできない人もおり、「そういう人を感化するために、カリカチュア(風刺画)は非常に有効な手段だった」。

 国王や貴族といった権力者とともに、宗教風刺はフランスの重要なテーマとされた。当時はカトリックが対象だったが、伝統的に宗教は支配者側に立ってきた。「民衆にとって、権力者と同じ憎しみの対象だったんですよ」。例えば71年の革命自治政府「パリ・コミューン」では、クーデターを起こした労働者が宗教者も処刑した。風刺画の世界は、民衆蜂起の歴史と歩みを一にしてきたともいえる。

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 「強きをくじき」の風刺画の世界は20世紀以降、変容を迫られる。映画やテレビなど、視覚に訴える他メディアの発達が背景にあった。

 「時局に対し、テレビのコメンテーターが鋭い指摘をする。ああいうものが盛んになって、風刺画が対抗できなくなってきた」

 まして現代、ツイッターなどインターネット交流サイト(SNS)を利用して誰もが不満を世に発信できる。風刺画にしかできない領域は狭まった。生き残りの道を模索し、もっぱら笑いに特化した「ギャグ風刺」と呼ばれるジャンルが世界の潮流となった。

 強者批判と、笑いと-。二つの車輪に支えられたはずの風刺画は、時に「脱線」を起こす。「漫画家が、しかも週刊で出さなければならない。ちょっと横滑りすることがあるし、本来の風刺画から外れる作品も出てくる」

 「被害者」が日本人だった例もある。同じフランスの週刊紙「カナール・アンシェネ」が2013年9月、20年東京五輪の開催決定と東京電力福島第1原発の汚染水漏れを関連づけて腕や脚が3本ある力士などを描いた風刺画を掲載、日本政府が抗議した。「フランス人はイスラムも原発も笑う。それは洒落(しゃれ)なんだ、ユーモアなんだと言うが、受け入れられない人も当然出てくる」

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 庶民が強者を批判する手だてとして根付いてきた風刺ジャーナリズムは、いつの時代もその国の歴史を記録し続けてきた。今はその役割が限定的になり、「やがて歴史の産物になっていくかもしれない」が、少なくとも今回のテロ事件は現代の悪夢として克明に刻まれるだろう。

 崇拝する偶像を笑いものにしてイスラム教徒15億人を敵に回し、憎しみを増幅させて世界を二分するような価値観の対立を招いた表現の自由は、果たしてどこへ向かうのか。

 事件後、シャルリが再びムハンマドの風刺画を掲載したことで、テロが繰り返されることへの危機感は拭えない。「シャルリ側も370万人のデモに支えられている自負心があるから、これを描かざるを得ないということでしょうが…」。もはや意地の張り合いである。

 「風刺画って、殺人を奨励するようなもの以外、何を描いてもいいんだ」。あるフランス人研究者の過激なコメントに、真正面から反論する。「ならばシャルリはどうなのか」


しみず・いさお 1939年、東京生まれ。立教大卒業後、出版社勤務を経て88年の川崎市市民ミュージアム設立に尽力。約20年間、同館の研究員を務めるなど、40年にわたり国内外の漫画史・風刺画史を研究。主な著書は「漫画の歴史」(岩波新書)、「江戸戯画事典」(臨川書店)。千葉県習志野市。

【神奈川新聞】


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