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阪神大震災20年 神戸で被災経験の大江さん 支援者にも寄り添いの必要と語る

社会 神奈川新聞  2015年01月17日 03:00

支援者に対するケアの大切さを説く大江さん =東京都新宿区
支援者に対するケアの大切さを説く大江さん =東京都新宿区

震災復興や被災地支援は終着が見通せない。被災者に寄り添った息の長いサポートは必要だが、その過程で過度な負担を強いられ、現場を離れていく支援者も少なくない。1995年1月17日の阪神大震災で自らも被災しながら、急きょ立ち上がったボランティアセンターを支えた日本キリスト教海外医療協力会事務局長の大江浩さん(57)=横浜市戸塚区=は「災害で問われるのは人間。支援者に対するケアも欠いてはならない」と訴える。

ストレスで狭心症を発症し、ドクターストップで転職を余儀なくされた支援活動の仲間。凄惨(せいさん)な現場で心身ともに疲れ果て、休職を経て配置転換となった消防士。彼らの無念に思いを致し、大江さんは「自分がどんな役割を果たすのか今も問われ続けている」と受け止める。

20年前のあの日。激震に見舞われたのは、神戸市北区の妻の実家で寝ていた時だった。勤務する神戸YMCAは17日のうちにボランティアセンターを立ち上げ、全国や海外から駆け付けるボランティアの活動調整や外部との連絡などに忙殺された。

世間の注目を集めた「ボランティア元年」。大江さんはしかし、2002年4月に横浜YMCAに移るまでの7年間、不本意な形で現場を去っていく仲間を何人も目にした。

「必要以上に頑張ろうとする。手弁当でとことんやる。そんな人がバーンアウト(燃え尽き症候群)に陥りやすい」。休んではいけないという日本人特有の意識、プロフェッショナルゆえの責任感、そして生き残ったことへの罪悪感。支援者同士で意見が対立し、孤立する。「献身的な働きの裏で心と体は悲鳴を上げている。一方で被災者は自尊心をなくし、自分の働きが役に立っているのか疑問を抱く。それでも誰にも相談できず、やがて…」

そもそも現地で救助や支援に携わる人は自らも被災者であるケースが少なくない。大江さん自身、須磨区にあった本来の住まいは家具が倒れめちゃくちゃになっていたが、その状況を確認できたのは2カ月以上も後だった。身重の妻の実家にいなければ、間違いなく下敷きになっていた。

その後も神戸での経験を買われ、トルコや台湾の地震、スマトラ沖地震で大津波に襲われたスリランカ、新潟県中越地震や有珠山噴火の被災地と国内外の救援現場に派遣されたが、「被災地に入ると、壊滅した神戸の初日の光景が必ずよみがえる」という。それでも続けられてきたのは「最前線でなく、裏方を担ってきたからだ」と思っている。

「誰もが被災者にも、支援者にもなり得る。だからため込んだ思いをはき出せるように、荷下ろしができるように。周囲がいち早く気付き、声を掛けなくては」。災害時のストレスケアを米国で学んだ経験も生かし、今は東日本大震災の支援者のサポートに力を注ぐ。節目の17日は三浦市で開かれる防災講演会にパネリストとして参加し、これまでの経験で得た教訓を語る。

【神奈川新聞】


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