1. ホーム
  2. 社会
  3. 私はシャルリじゃない パリ・デモ参加の牧村朝子さん

私はシャルリじゃない パリ・デモ参加の牧村朝子さん

社会 神奈川新聞  2015年01月16日 12:29

デモに参加する市民。左のプラカードには「私はシャルリ 私はニジェール人」と手書きされていた(牧村さん提供)
デモに参加する市民。左のプラカードには「私はシャルリ 私はニジェール人」と手書きされていた(牧村さん提供)

 沈痛な空気に覆われたパリの午後、群衆の中に牧村朝子さん(27)は、いた。フランス人女性と同性婚し、パリ近郊で暮らす牧村さんは風刺週刊紙シャルリエブドへのテロを受けて行われたデモに参加した。「『私はシャルリ』を、私は掲げなかった」。その目には何が映り、何を思うのか。


 デモに行くつもりはありませんでした。参加したのは義父母に誘われたから。フランスでは今、シャルリエブドの痛みを自分のものとして引き受ける合言葉「私はシャルリ」が広がっています。私はそれに共感できなかった。

 一つには、シャルリエブドの風刺画を面白いと思えなかったから。「こんなに過激なこと描いている俺って自由だぜ」と息巻いているようにしか見えなかった。

 もう一つは、みんながそろって同じスローガンを掲げれば、それに共感できない人やイスラム教徒の人が怖い思いをすると思った。「『私はシャルリ』と口にできない自分はおかしいのでは」と思わせてしまうことにもなる。

 たくさんの「火種」がある街に出るのは怖かった。でも、イスラム教徒のためでも、フランスのためでもなく、暴力で人を黙らせる行為は許せなかった。「怖い」という理由で家にいるのは暴力に屈することだとも思った。怖い場所にあえて出て行くことに意味があり、「私はシャルリ」というプラカードを持たないことが意思表示だと思いました。

 午後3時に始まり、パリ市内を1時間半ほど歩きました。

 行進は、静かでした。

 同性婚が法制化された時は「反対、反対」とスローガンが叫ばれたのに、今回はみんな黙々と歩いていた。

 確かに「私はシャルリ」を掲げる人は多かった。でも、見回せばキリスト教やイスラム教などさまざまな宗教シンボルを掲げる人、追悼の意味を込め花束を持っている人と、思い思いのスタイルで参加していた。追悼デモという性質もあったと思うけど、一人一人の主張は違っていました。

平等とは何か


 行進の途中、道沿いの家のベランダから5歳と3歳くらいの黒人の女の子2人が「びょうどう!びょうどう!」と叫んでいました。

 参列者から拍手と歓声が湧き、葬式の列のようだった行進にほほ笑ましげな空気が広がりました。

 私はあの行進で「平等」という言葉が出てきたことが大事だと思います。

 事件をめぐっては「表現の自由」か「宗教への冒涜でありヘイトスピーチ(差別扇動憎悪表現)である」という議論になっているけれど、その前に「平等って何だろう」ということを考えた方がいい。

 みんながみんな「表現の自由」を叫べるほど平等な世の中ではないからです。「たかが女の言うこと」「どうせイスラム教徒の言うことだ」と耳を傾けてもらえない人がいます。表現の自由を振りかざせる人と振りかざせない人がいる。日本でもフランスでも、世界中のどこでも。

 フランスに移り住んですぐの2012年夏、忘れられない光景があります。

 バスに乗ると、後部座席の背もたれにマジックで大きく「アラブ・ヴェルミン」と落書きしてありました。家に帰って辞書を引き、ヴェルミンが「虫けら、害虫」という意味だと知りました。

 こんなことを書く人がいて、そのままバスを走らせていることに驚きました。

 北西アフリカ出身の移民をルーツとする人の多くは、低賃金の労働に従事している。法律上は差別がなくても「2級市民」扱いされ、政治家から「クズ」と呼ばれることもある。「移民が俺たちの仕事を奪っている」という偏見から、「出て行け」と迫害を受けることもあります。

 テロの容疑者は死んでしまったので想像でしかないけれど、彼らは「表現の自由」を使える立場にいなかったのではないか。暴力という手段を選ばざるをえなかった立場。もちろん容疑者が社会的弱者であっても暴力が許されないことには変わりありませんが。

 事件を受け、フランス国歌を歌う人、フランス国旗を掲げる人に聞きたい。「フランス人」って誰のことだと思っているのですか、と。フランスは「自由・平等・博愛」を標語に掲げているけれど、「本当に平等は実現されているか」「表現の自由をみんなが享受できる社会なのか」ということを見詰め直すべき時だと思います。

自由に反する


 行進に向かう途中の駅で目に留まったのは、人混みの中を歩く20代前半くらいの女性でした。

 手にしたプラカードを気に掛けながら一人で階段を上っていました。プラカードは壁側に向けられていましたが、やがて人目につくように持ち替えました。

 「私はムスリム」

 そう書かれていました。

 怖かったと思います。実際、女性は周りを気にしてきょろきょろしていた。事件後はモスクが相次いで襲撃されている現状がある。私だって「私はシャルリ」を掲げないだけで怖さを感じた。

 でも、だからこそ彼女は行進に向かったのでしょう。「テロに抗議する非移民」「モスク襲撃に反対するイスラム教徒」の対立という単純極まりない見方ではなく、「テロに反対する」という一点で人は非ムスリムもムスリムもなく共存できると示すために、です。

 フランスの歴史上、風刺は権力を笑うことで弱い人のためにあり続けました。シャルリエブドも国民から愛されている週刊紙です。

 フランスのメディアの多くは今回のテロを「表現の自由に対する攻撃だ」と主張しています。それを感情的だとは思いません。

 でも、風刺に対する批判に「これは文化なんだ」「表現の自由だ」と主張することで相手を黙らせることは許されません。それこそが自由の精神に反している。批判をつぶすのは他人の自由を奪うこと。「私はシャルリ」と言う自由はある。でも、同意できない人にそう言わせる自由はないと思います。

 「私はアフメド」と主張する人もいる。シャルリエブド本社が襲撃された日、逃走する容疑者に撃たれて殉職したイスラム教徒の警察官の名前です。自分のことを笑いものにした人であっても、相手の表現の自由を守る。これが表現の自由を守るということの本当のあり方だと思います。

 日本の反応をツイッターなどで見ると、シャルリエブドに対して「自業自得」という人もいます。今一番必要なのは「フランス=差別主義者」「イスラム教徒=テロリスト」という単純なレッテル貼りはやめること。フランス国外から見る今のフランスは「私はシャルリ」と叫ぶ人の群れにしか見えないかもしれません。でも、決してそうではない。私自身、私として発言することしかできない。「私はシャルリ」と思わない。でも、暴力には反対している。「私はムスリム」「私はアフメド」「私はシャルリではない」。それぞれに共通していたのは、シャルリエブドに向けられた暴力を支持しないという思いです。

 でも、こういう現実もある。暴力で人を黙らせる行為はすべてテロというべきなのに、モスク襲撃は「テロ」とは呼ばれません。シャルリへの暴力はテロとされ、モスクへの暴力は「襲撃」という言葉が使われています。

【神奈川新聞】


シェアする