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時代の正体〈52〉表現の「不自由」を考える(上)

時代の正体 神奈川新聞  2015年01月14日 12:26

首相の靖国神社参拝を批判した造形作品は美術館から撤去を求められ、女性器をかたどったアートを制作した芸術家は逮捕・起訴された。そうして見られる機会を奪われた作品を集めた「表現の不自由展~消されたものたち」が18日から都内で開かれる。公の機関による排除が相次ぐ今の日本は表現の自由が担保されているといえるだろうか。「隠された」作品の数々が鋭く疑義を投げかける。

展示されているのは七つの作品だ。写真家安(アン)世鴻(セホン)さんの旧日本軍の慰安婦を主題にした作品に彫刻家中垣克久さんの政治の右傾化を批判する立体造形。2012年にニコンサロンで開催されるはずだった安さんの写真展は中止になり、中垣さんの作品は昨年、会場の東京都美術館から撤去を要求された。

作品のほか、群馬県が公園から撤去を求めた、強制連行された朝鮮人の追悼碑の資料、原爆をテーマにした漫画「はだしのゲン」、原発事故の影響として描かれた鼻血のシーンが議論を呼んだ「美味しんぼ」なども並べられる。

「何が起こり、どうなったのか。『表現の自由の侵害』を問いたい。表現者の自由だけでなく、鑑賞する私たちも知る、感じる、考える自由を侵害されているのだから」と実行委員会共同代表の編集者、岡本有佳さんは狙いを話す。

■広がる不自由

切実な危機感が岡本さんにはある。「最近、『表現の不自由』の裾野が広がっている」

かつて最大のタブーは「天皇制」で、攻撃された作品の大半は天皇が主題だった。近年は戦争における日本の加害責任から憲法9条、原発、福島へと対象が広がる。はだしのゲンのようにこれまで問題とされなかったものも含まれる。

加害責任へのアレルギーは強く、慰安婦に関する表現が代表例。もう一人の共同代表で武蔵大教授の社会学者永田浩三さんは政権の姿勢とリンクした現象とみる。

「日本の地位がアジアで低下する中、誇りを取り戻したいという発言を安倍晋三首相が繰り返している。日本の駄目な部分や反省する部分を取り上げることの抵抗感を口にする人が増えている」

表現排除のキーワードは「過剰反応」だ。「抗議がわずかながら来ると過剰に受け止め、対応しきれないと排除してしまう」と永田さん。昨年、埼玉県の公民館で行われた俳句会で憲法9条をうたった俳句が1等を取った。だが、公民館の月報誌で紹介されるはずのその作品は掲載されなかった。政権が憲法改正に意欲を見せる中、公民館側は作品が「政治的」と見なし、不掲載を決めた。

永田さんは「そこにあるのは『弾圧する』という明確な意思ではない。むしろバランスをとろう、穏便にしのごうという意識。だからこそ始末が悪い」と嘆く。重大性が認識されないまま、じわじわと排除への抵抗が失われている。

■多数派が変化

岡本さんと永田さんは、写真展が中止となった安さんが、主催者であるニコンを相手に起こした訴訟を支援する活動で知り合った。

安さんの事件の3カ月後にも東京都美術館で同様の排除事件があった。慰安婦を主題とした韓国の作家の2作品が展覧会から撤去された。「特定の政党・宗教を支持し、またはこれに反対する等、政治・宗教活動をするもの」という同館の要綱に抵触するためとされた。

「この件をマスコミは報道しなかった。3カ月の間に続いて起こったことに驚いたし、片方は報道すらされない。知らないうちに表現の自由が侵されていると感じた」と岡本さん。同様の事件は続き、ついには芸術家が逮捕されてしまった。今回、作品が撤去された韓国の作家も招く。

永田さんは公の機関が排除を頻発するのは「世の中のベースが変わってきている」からと推察する。

いつの時代にもタブーに挑戦する「差し障り」がある表現をする芸術家はいて、それを攻撃する人がいる。だが、攻撃を理由に排除するのは表現の自由を侵す重大なことで、そこには大きなハードルがあった。「今は、みんなが差し障りがあるものは問題なのでは、と口にし始め、では、やめてしまおう、となっている」

■世間が決める

そもそも表現とは、世の中に石を投げて波紋を広げるものだ。「ささくれだったものとか抵抗感、拒否反応が出るのは当然」と永田さんは語る。例えば服を着ている人が当たり前の街中を裸で歩くことも、そう。現実にそうした手法の表現者はいる。「芸術は爆発だ」という名言を残した岡本太郎が太陽の塔をつくった際は、顔がついていることを批判された。だが、あくまで公の場で議論された。

一方、作品の排除は、する側が忖度(そんたく)し、波紋が広がる前に議論の機会を奪っている。「作品に批評があれば批評すればいい。機会が奪われることには、しっかりとあらがわなければならない」と岡本さん。鑑賞する側には、見ないという選択の自由もある。永田さんは「アートとして良いものと思ってもらえるのか、そうでないのか、決めるのは世の中。それは時代の産物でもある。一方的な排除は、人々の感受性を信用していない表れでもある」と話す。

■対峙する表現

「全体が波風を立てず守りに入る風潮になっている」。排除作品を出展する川崎市在住の芸術家で映画監督の大浦信行さんは眉をひそめる。「しんどいが、表現者はひるんではいけない」

出展するのは、80年代に発表した昭和天皇をモチーフにしたコラージュ。「日本人として抱え込む内なる天皇」を表現した作品は右翼団体から抗議を受けた。富山県立近代美術館は所持していた作品を売却し、図録を焼却処分した。

それから30年。状況は悪化した。昨年、自身の女性器をかたどった作品をつくり、わいせつ物陳列容疑などで逮捕された、ろくでなし子さんのケースが象徴的だという。「(わいせつ物は)世間の秩序を乱すというが、そんなことを言ったらモノなど作れない。表現とは国家と対峙(たいじ)する問題を提示するもの。表現としての是非は国家が決めるべきではないし、国家が弾圧、拒否したことに問題がある」

【神奈川新聞】


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