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橘樹官衙遺跡群、3月にも国史跡指定 川崎市内初

カルチャー 神奈川新聞  2015年01月01日 03:00

橘樹官衙遺跡群の正倉跡(市提供)
橘樹官衙遺跡群の正倉跡(市提供)

古代川崎の政治や文化の中心として重要な役割を果たしたとされる「橘樹(たちばな)官衙(かんが)遺跡群」(川崎市高津区、宮前区)が、3月にも国史跡に指定される。当時の役所跡と郡寺がともに残っており、「地方官衙の経過をたどれる希少な遺跡」と評価された。市内初の国史跡で、市は全国的に貴重な歴史文化遺産として、保存・活用方法の検討を進めている。

橘樹官衙遺跡群は、奈良・平安時代の地方行政組織「郡」の一つである橘樹郡の役所跡「橘樹郡衙跡」(高津区千年)と、隣接する郡寺跡「影向寺(ようごうじ)遺跡」(宮前区野川)から構成される約1万2千平方メートル。現在、橘樹郡衙跡は住宅地と畑で、影向寺遺跡は今も続く同寺の境内にある。

宅地造成に伴う1996年度の発掘調査で、7棟の掘立柱(ほったてばしら)建物跡を発見。これらは税として徴収した米を保管する橘樹郡衙の「正倉」と推定され、7世紀後半~8世紀に造営、9世紀中ごろに姿を消したことが明らかになっている。

影向寺も7世紀後半~8世紀前半に創建されたと考えられている。出土した瓦の文様などから、南関東の中心的な寺院だったとみられる。

98年度からの調査では、東西300メートル、南北100メートルの範囲にわたって橘樹郡衙に関連する遺構があることを確認した。2006年度に市が約1700平方メートルを取得。08年度には千年伊勢山台官衙遺跡として市重要史跡に指定し、「たちばな古代の丘緑地」として公園化した。市は遺跡保存のため、これまでに同緑地を含む計約2800平方メートルを取得したほか、新たな開発の際に遺跡を地下に残してもらう措置を取っている。

昨年11月、国の文化審議会は橘樹官衙遺跡群を「7~10世紀の地方官衙の実態とその推移を知る上で重要」として、国史跡に指定するよう文部科学相に答申した。3月にも正式に指定される予定だ。

市文化財課によると、全国で発見されている郡衙跡は約60カ所。橘樹官衙遺跡群のように郡寺とともに発見されるケースは珍しく、価値が高いという。この地域は農業が盛んで大規模な宅地造成計画もなかったため、破壊されずに残ったとみられる。

市は今後、現地の解説・案内板の整備を進め、復元した建物を現地で見られる携帯端末向けソフト(アプリ)の開発も検討している。同課は「古代を想像してロマンを感じてもらい、文化財保護の機運が高まってほしい」と期待する。

市の重要史跡は千年伊勢山台官衙遺跡のほかに、春日神社・薬師堂・常楽寺境内およびその周辺がある。県の史跡にも4カ所(子母口貝塚、東高根遺跡、西福寺古墳、馬絹古墳)が指定されている。

【神奈川新聞】


橘樹官衙遺跡群の倉庫跡(市提供)
橘樹官衙遺跡群の倉庫跡(市提供)

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