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募る戦争の危機感 報道写真家石川文洋さん
時代の正体〈45〉歴史と向き合う

時代の正体 神奈川新聞  2014年12月05日 12:13

石川文洋さん
石川文洋さん

報道写真家の石川文洋さん(76)=長野県諏訪市=は世界各地の戦場に赴き、ごく普通の民間人が犠牲になる戦争の実態を撮り続けてきた。生まれ故郷の沖縄も取材し、米軍基地に翻弄(ほんろう)される姿を伝える。イデオロギーやナショナリズムではない。半世紀に及ぶキャリアを貫くのは住民目線だ。「戦争とは『殺し合い』。かつてないほどの危険性をひしと感じる」。政治家が「戦争のできる国」を志向し、その言葉の軽さが目立つ昨今、現実の戦争を知るベテランジャーナリストの言葉の重みは、ますます際立つ。

11月16日午後8時すぎ。石川県羽咋市での講演会で、沖縄戦を話題にした直後だった。沖縄県知事選で米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の名護市辺野古移設に反対する翁長雄志氏が当選したと、会場に伝えられた。拍手が湧き起こる中、「良かった」と喜びはしたが、ある思いも交錯した。

「辺野古での新基地建設は『国益』。政府は変わらず、突き進めるだろう。これからが正念場だ」

出発点はベトナム戦争だった。1965年から4年間、首都サイゴン(現ホーチミン)を拠点に米軍などに従軍し、最前線を撮影した。

レンズを向ける米兵は「ごく普通の若者たちだった」。多くは片田舎で生まれ育ち、米国が軍事介入の大義として掲げた「共産主義化の阻止」とは無縁。ベトナムがどこにあるかさえ知らない。戦地ではただ、無事に帰国することだけを願っていた。

戦争はしかし、人を変える。「若者たちが、戦場では殺人者に変貌した」

包囲した農村をジェット機で爆撃し、ナパーム弾で焼き払う。武装したヘリコプターが機銃掃射とロケット弾を撃ち込む。お年寄りや子どもがいても、ためらいはない。防空壕(ごう)に手りゅう弾を投げ込み、農民たちの遺体を引きずり出した。「考えることをやめ、上官の命令に従う。命令が絶対な軍隊の本質が表れていた」

集団的自衛権の行使容認が閣議決定され、自衛隊が海外での戦闘に参加する可能性が出てきた。自衛隊員が相手を殺害したり、逆に犠牲になったりする事態が現実味を帯びる。

ベトナムでは、恐怖から逃れるようにシャッターを切った。兵士としてあの場にいれば、自身も引き金を引いただろう。

「どんな大義を振りかざそうとも、戦争は殺し合いに他ならない。戦場では、殺すか殺されるか。だからこそ、そんな状況をつくってはいけない」

■乏しい想像力

60年6月。ニュース映画のカメラマン助手として、新日米安保条約の批准書交換に立ち会った。30万人超ともいわれる人々が国会を取り囲んで安保改定反対の声を上げ、ついには死者も出た。それでも政府は強硬姿勢を崩さない。「政府は国民の声、民意を聞き入れない」との思いが募った。

数年後、ベトナムでの米軍の振る舞いに確信した。「政府の目的は国益を守ること。優先されるのは国家であり、民間人の命ではない。戦争ではむしろ、民間人が犠牲になる」

生きたくても、生きられなかった-。そんな数多(あまた)の死と向き合い、「民間人が平和に暮らせることこそが国益。『命(ぬち)どぅ宝』。何よりも命が大切です」。

では、どうすれば戦争を防ぐことができるか。「戦争の実態を知り、悲劇を想像する力を持つこと」と説く。

例えば米軍のイラク空爆に賛成することは、そこで暮らす子どもたちの殺害を容認することと同じだ。ただ、今の日本では空爆支持が大勢だろう。「戦争の悲惨さを過去に学ぶことなく、何の罪もない子どもたちが殺される姿を想像できない人が、あまりに多い」

ベトナム戦争ではジャーナリストが最前線を取材し、実態を伝えたことが反戦運動のうねりを生み、戦争終結につながった。「政府が何を考え、何をしているのか。情報をオープンにして、その行動に枷(かせ)をはめることが重要」と訴える。

この国はしかし、逆行する道を歩みつつある。10日に施行される特定秘密保護法は、政府が不都合な情報を隠す危険性をはらむ。戦争の実態を何も知らず、想像力も乏しい政治家が「戦争のできる国」にかじを切り、多くの支持を得ているようにみえる。

「戦争を軽く考えている。これほどまでに戦争の危険性を感じたことはない」。危機感は募るばかりだ。

■変わらぬ沖縄

72年5月15日。沖縄の本土復帰の日、本島南部の小学校で1枚のモノクロ写真を撮影した。黒板には、子どもたちが復帰後の沖縄の姿を描写した言葉が並ぶ。

「アメリカ軍はでていかない」

「きちはそのまま残る」

40年後の2012年、担任だった女性に再会した際、彼女はこう漏らした。「今の沖縄。あの時と、何も変わっていませんね」

那覇市生まれ。4歳で本土に移り住み、沖縄戦を経験していない。引け目にも似た思いを持ち、「常に沖縄を意識しながら取材してきた」。

沖縄で写真展を開いた時のことだ。沖縄戦を体験したお年寄りが、異国の戦場の様子にじっと見入っていた。平和教育が盛んな土地柄。保育士に連れられ、保育園児も足を運んでくれた。「戦争の記憶が日常の中にあり、子どもたちに引き継がれている。常に戦争を意識せざるを得なかった歴史の裏返しです」

兵士や兵器を積んだ米軍機が今も戦地に向けて飛び立つ。ベトナム戦争当時と変わらぬ沖縄の風景だ。差別的な基地負担を強いられ、常に事件や事故と隣り合わせの被害者であると同時に、「後方支援基地として、命を奪う加害者側でもある。そんな罪悪感にも似た感情を持つ人は少なくない」。被害者の痛みが理解できる。それもまた、沖縄が歩んできた歴史ゆえだ。

その沖縄で今、新たな米軍基地が建設されようとしている。地元の辺野古では、住民が容認派と反対派に分かれていがみ合い、同じ沖縄県民の警察官が反対派の活動を阻む。「国益の名の下に分断を強いられる沖縄の姿が、米国の国益に翻弄され、南北に分かれて争ったベトナムと重なる」

政府は新基地建設を「沖縄の負担軽減のため」と言う。だが実態は、普天間の危険性を人質にした「機能強化、固定化に他ならない」。知事選で建設反対の民意があらためて明確に示されたが、「政府は国民の関心を衆院選にそらし、争点を経済問題にすり替えようとしている。知事選の結果をなかったことにするのではないか」。安保条約改定時、民意を無視した政府の姿を思い起こす。

「軍隊は抑止力にならない。むしろ、軍隊がいるからこそ標的になる」。沖縄戦を念頭に、自身の戦場体験も踏まえた持論だ。「抑止力」を主張して新基地建設を押し進める政府に反論する一方、日本の「誇り」や「主権」を力説する人々に問う。「また、沖縄を犠牲にするつもりですか」

ベトナムでは目の前の米兵ではなく、自身が命を落としてもおかしくなかった。「生きるか死ぬか。全ては運」。それが戦場だ。

命の尊さを知り、平穏な暮らしと無限大な将来を根こそぎ奪う戦争の愚かさを伝える。そして、一人の「沖縄人」として切望する。

「生きている間に基地のない平和な沖縄を見たい。それが、私の願いです」

石川さんの写真展「ベトナム戦争と沖縄の基地」が21日まで、横浜市中区の日本新聞博物館で開かれている。午前10時~午後5時。月曜休館。入館料は一般510円など。問い合わせは、同館電話045(661)2040。

【神奈川新聞】


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