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出版業界から「異議」
時代の正体〈44〉ヘイト本(下)

時代の正体 神奈川新聞  2014年11月24日 11:00

自社で手掛ける「アンチレイシズム本」について語る木瀬さん
自社で手掛ける「アンチレイシズム本」について語る木瀬さん

〈書店に「ヘイト本」をあふれさせているのは誰か? 業界内部からあえて問う。出版の製造者責任を-〉

そう帯紙にうたう「NOヘイト! 出版の製造者責任を問う」(ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会編)は、都内の小さな出版社が手掛けた。2013年1月に木瀬貴吉さん(47)が仲間と2人で設立した「ころから」。世に送り出した10冊のうち、ヘイトスピーチ(差別扇動表現)になぞらえた「ヘイト本」に対抗する「アンチレイシズム(反差別)本」が4冊を数える。

識者3人が筆を執った「ナショナリズムの誘惑」(木村元彦、園子温、安田浩一著)、ヘイトスピーチ・デモへのカウンター(抗議)行動を追った「奴らを通すな!」(山口祐二郎著)、関東大震災時の朝鮮人虐殺を再現した「九月、東京の路上で」(加藤直樹著)に続き、「NOヘイト!」はその最新刊。木瀬さんは「差別が横行する風潮に出版という形でカウンターをしようと思った。今、この問題に取り組まないでどうするんだ、という認識が強くある」と熱っぽく語る。

読者からのはがきの8割はアンチレイシズム本に対するもので、肯定的な内容が大半だ。「自分たちが求めていたものがなかなか他にないため、共感を持ってもらえたのかもしれない」と分析する。

■落差 ころからのコンセプトは「多様性」。さまざまな違いを認め、受け入れ、楽しむことで「パラダイムシフト(従来の規範的考え方の変化)を促す本」を出したいという。

それがアンチレイシズム本につながったのはなぜか。

設立間もないころ、木瀬さんは東京・新大久保のコリアンタウンで行われていたヘイトデモの様子を確かめにいった。

在日コリアンを「ゴキブリ」呼ばわりし、「良い韓国人も悪い韓国人も殺せ」などというプラカードを掲げ、差別と排斥をあおる言動を街中で繰り返しているということは知っていた。広く共感を呼ぶはずがなく、「こんなばかげたことは放っておけばよい」と思っていたが、現場に足を運んで衝撃を受けた。

「皆、ものすごく気持ちよさそうにヘイトスピーチを連呼していた。まるでそれぞれが『一人カラオケ』をしているようだった。デモというものであれば付き物であるはずの怒りの発露や社会変革への熱は見られなかった」

それに「死ね」「出て行け」という言葉の刃(やいば)は在日コリアンの胸に突き刺さっていたはずだった。

悦楽的なデモ参加者の言動とそれが引き起こす心の傷の深さの落差。レイシズムには向き合い、抗議と反対の意思を表明していかなければならないと思った。「多様性、つまり違うということを楽しめず、むやみに恐怖を抱くのがヘイトスピーチ。違うことに楽しみを見いだす方が、社会としてはより豊かなはずなのに」

■規制 ヘイトスピーチの法規制をめぐって議論が始まる一方、ヘイト本は野放しでよいのか。口から発せられるか、紙に印字されているかの違いでしかないのではないか。在日の子どもが足を運んだ書店でそうした書籍を目にして、どう感じるかを想像してみる。

「いかほどの傷を受けるかと考えると恐ろしい。自らの存在まで問わざるを得ないその傷の度合いは犯罪といって差し支えないだろう。それに、ちょっと勘の良い子なら、次は私だと思うはずだ」

障害の有無、出自の違いといった差異が差別の口実に用いられる。一つの差別を放置するということは、そういうことだ。実際、インターネットではそうした少数派を攻撃する言説が日常的に繰り返されている。

言論の自由が出版社にとって生命線であることは間違いない。何を書いても自由、買うのも自由。それは民主主義社会の根幹をなし、死守しなければならないと考える。

一方、差別の放置は民主主義を足元から突き崩す。現状ではヘイトスピーチもヘイト本も規制する法律がない。なすすべはないのか。せめて子どもの目からは遠ざけられないものか。「例えば、成人雑誌やアダルトビデオは有害なものとして店内でゾーニング(区画)されている。ヘイト本も同じ対応ができるのではないか」

広告の規制も有効な手段の一つだ。国内ではたばこのCMが規制され、欧米では酒類の宣伝は一切禁止か、厳しいガイドラインのもとに制作されている。「書店の置く場所や広告を制限する。法規制もない現状では、それが一つの道筋ではないか」

■覚悟 いま、中小から大手までが売れ筋のヘイト本を世に送り出す中、覚悟を決めたエピソードがあった。

6月に出版した「ナショナリズムの誘惑」。企画に当たって木瀬さんは執筆者の一人、ノンフィクション作家の木村元彦さんに「当事者である在日コリアンもメンバーに入れたい」と相談した。

木村さんは反対した。

「今の排外主義的なナショナリズムは日本社会で起こっている。それにあらがうのは日本社会に生きる人たちであるべきで、在日コリアンであるというだけで頼むべきではない」

はっとした。

「ヘイトスピーチは『在日特権を許さない市民の会』に代表される差別主義者と排外されようとしている在日コリアンとが対峙(たいじ)する問題と理解していたが、そうではない、と」

そして秋。ころから編集部として寄せた「NOヘイト!」の前書き「この本を手にされた方へ」には、こうある。

〈出版業界で生計を立てる者が、その業界を否定的に語ることは、天に唾(つば)する行為ですし、偽善的との批判は甘んじて受けます。しかし、日本社会で起こっているヘイトスピーチに対抗するのは日本社会に暮らす人であるべきで、それと同じく出版業界で起こっている「異常」に異議をとなえるのが出版業界の人間であることは、本来なら当然なはずです〉

【神奈川新聞】


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