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大義なき解散<1>安倍首相が目指すものは

政治行政 神奈川新聞  2014年11月19日 14:30

後藤謙次さん
後藤謙次さん

リンカーン解散だ、という。

「安倍総理の、安倍総理による、安倍総理のための解散」

つまり「大義なんてない」。政治記者歴32年のジャーナリストは迷わず言い切った。

「安倍首相にとって、衆院の任期である2016年12月まででどのタイミングが一番、選挙を戦いやすいか。つまり、より多くの議席を得て、政権にとっていかに安定的な次の4年間を手にできるかというのが、解散の決断における最大の動機だった」

降って湧いたかに映る衆院解散劇もしかし、周到に練られたシナリオに基づいて進められてきたと後藤謙次さん(65)はみる。「シナリオは少なくとも8月には始動していた」

手元に1冊の取材ノートがある。

<8月7日 安倍内閣を考えないといけない。もともと来年に消費税を上げるのには無理がある。(消費増税の3党合意は)財務省の言いなりだった民主党政権でやった話だ。消費税を上げないとなると、なるべく国民に早く知らせた方がいい。来年の総裁選は大したことにならない>

安倍首相の側近である自民党幹部の言葉が書き留められていた。

19日夜、解散表明の会見で安倍首相は言った。

「消費増税を先送りし、選挙で国民の信を問いたい」

再増税による国民生活への影響を考慮したことを強調し、大義名分を語ってみせた首相だが、3カ月前の側近の言葉に消費増税をめぐる大局的な判断は見当たらなかった。あるのは「いかに安定した次の4年間を確保するか」に向けた思惑。

「政治とカネ」の問題で女性2閣僚が辞任するという失態を演じたが、素早い幕引きも同じ文脈で合点がいった。「当初は、閣僚の辞任があったから解散を急いだのではないかと考えた。だが、逆だった。解散のシナリオはもともとできていて、政治と金の問題についての対応が長引けば、予定していた解散のタイミングが遅れてしまう。だから幕引きを急いだ」

■効果 ではなぜ、このタイミングなのか。

「野党側の準備が整っていないのが一番大きかった。だが、安倍政権や自民党に投票したくないと思っていても、その受け皿となる政党がない。野党はアンチ安倍の受け皿になる必要があるのだが」

民主党は数週間前まで来年4月の統一地方選挙の準備を進めていたといい、「突如吹き始めた解散風に不意を突かれ、なすすべがないのが実態だ」。受け皿となる政党がいないことで国民の選挙への関心はそがれ、投票率は下がる。するとどうなるか。無党派層の影響を受けず「組織票など安定した票数を確保できる自民、公明、共産の3党が票数を伸ばすことになる」。

沖縄県知事選の影響も見逃せなかった。政府が進める米軍普天間飛行場の辺野古への移設に反対する翁長雄志氏の優勢が早くから伝えられてきた。「直後に衆院選をやれば別の民意をつくることができる。沖縄県知事選で示された沖縄の民意と国政選挙の民意が違うことで『埋め立て承認の案は生きている』ということを示すことができる。近接したタイミングで衆院選をやることが重要だった」

周到さは外交にも表れていた。2年ぶりに実現した日中首脳会談は、安倍首相が「何が何でも会談を設定するように」と外務省に厳命していたという。

2年前の総選挙で安倍首相は民主党政権を「外交敗北」と責めた手前、自身が日中首脳会談を実現できないようであれば、同様に責められる可能性がある。

中国の習近平国家主席との握手を交わした場面は「両権力者のそれぞれの権力闘争が渦巻いていた」という。「習近平国家主席は国内で権力闘争が続いている。一方の安倍首相は解散総選挙があるので『俺の方が余裕がある』というところを見せないといけなかった」。日中首脳会談の実現は「安倍首相の勝利だった」と振り返る。

■狙い では、今回の総選挙で安定した政権を手にし、次なる4年間で安倍首相が目指すものは何か。

第2次安倍内閣誕生後、取材で訪れた総理大臣執務室。扉を開け、安倍首相が座るいすに向かって歩を進めると、その肩越しに1枚の写真が目に入ってきた。

息をのんだ。

安倍首相の祖父、岸信介元首相とアイゼンハワー元米国大統領とのプライベート写真。第1次政権の時にはなかった。

岸元首相は日米安全保障条約改定に際し、対米従属からの脱却を目指した。

「祖父である岸元首相の影響を大いに受けている。安倍首相は米国を追従するのではなく自主外交、自主防衛ができる国をつくりたいと思っている」

祖父が果たせなかった野望はまだある。「憲法改正だ」

今年7月、安倍政権は集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更の閣議決定に踏み切ったが、秋の臨時国会では関連法案について審議せず、法制化は来年の統一地方選挙後だと早々に決めていた。「そこを全面に出してしまったら、選挙が危うくなると思って下火にしている。それがあるから、7月1日に早くに閣議決定してしまったのかな、とも思う」

細心に事を進め、この総選挙は最後の仕上げに踏み出す大事な一歩となるのか。「この2年間で安倍首相のやりたい方向に持ってきた。だからこそ、国会の発議に必要な3分の2の勢力を今回の選挙で確保し、憲法改正の総仕上げを何が何でもやりたいのだろう」

その上で後藤さんは有権者に投げ掛ける。

「この選挙は結局、有権者が安倍政治を後押しするアクセル役になるのか、少しでもブレーキ役になるのか、の選択だ。いまは自転車くらいのブレーキだが、ダンプカーの強力なブレーキを政権に着けるのか」

そして続けた。

「小選挙区制度である以上、1票でも自民の候補が上回れば、議席を得る。安倍政権が継続することを前提に、今までの安倍政治を追認するか、それとも『ちょっと待った、調子に乗るな』と言うか、そこが最大の争点だ」

安倍晋三首相が消費税再増税の見送りと衆院解散を表明した。「大義なき解散」は何を意味し、総選挙では何が問われるのか。各界の識者に聞いてゆく。=随時掲載

●ごとう・けんじ 1973年共同通信入社。82年から政治部で自民党、首相官邸を担当し、政治部長、編集局長を歴任。政治ジャーナリスト。著書に「日本の政治はどう動いているのか」「竹下政権・五七六日」など。

【神奈川新聞】


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