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【社説】東京五輪50年 「平和」問い直す契機に

スポーツ 神奈川新聞  2014年10月10日 11:18

1964年の東京五輪開幕から10日で50年。欧米で開催されていた五輪が初めてアジアで行われ、日本だけでなく世界の人たちに大きな自信と希望を与えた。6年後、再びともされる聖火が、今度はどんな輝きを放つのか楽しみである。

64年大会には93の国と地域から5152人の選手が参加した。金メダル第1号に輝いた重量挙げの三宅義信や、「東洋の魔女」と呼ばれたバレーボール女子、体操や柔道などで日本勢が活躍。金メダル16個は現在でも日本の最高記録である。

開会式では、秋晴れの下、各国の国旗が揺れる中で整然と行進が繰り広げられた。対照的に閉会式では肌の色や国籍、宗教を超えて選手が入り乱れ、スポーツを通じて「世界は一つ」という理想を体現した。

敗戦からわずか20年弱。開催に合わせて東海道新幹線や高速道路、地下鉄などの社会資本が整備され、急速に近代化が進んだ。テレビが普及し、池田勇人首相が掲げた所得倍増計画の名の下に生活レベルは向上。先進国の仲間入りを果たしていく大きな契機となった。

半面、高度経済成長期には大きなひずみも表面化した。大量生産、大量消費のライフスタイルは多くのごみを排出し、公害が多くの人々を苦しめた。東京一極集中による地方の過疎化、核家族化や少子高齢化の進展は今、地方創生、社会保障の立て直しといった重要な課題として、わが国に突き付けられている。

2020年大会で最も重要なテーマは、東日本大震災からの復興を内外に示すことだろう。

昨年、五輪招致のスピーチで安倍晋三首相は、汚染水問題を「アンダーコントロール」と述べた。だが、本当にそうだろうか。安全神話が崩れてもなお再稼働を急ぐ姿は、被災者の気持ちをないがしろにしているように映る。むしろ世界が注目する五輪という舞台を、再生エネルギーを軸とした社会のモデルを示す機会にすべきではないか。

平和や友好という面にも懸念がある。全国各地で行われている在日コリアンに向けられたヘイトスピーチ(人種的憎悪表現)は放置され、アジアの近隣諸国との緊張も増している。このままでは十分な「おもてなし」ができる状態とはいえない。

6年後の五輪に向け、「世界は一つ」「平和の祭典」の意味を、あらためて問い直す好機にしたい。

【神奈川新聞】


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