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自治体の責務(上) 差別に協力して良いか
時代の正体〈31〉ヘイトスピーチ考

時代の正体 神奈川新聞  2014年10月04日 10:46

人種差別撤廃条約を解説する前田朗さん=東京造形大
人種差別撤廃条約を解説する前田朗さん=東京造形大

在日コリアンを差別するヘイトスピーチ・デモが5日、川崎市内で再び行われる。昨春から6回にわたりデモを主催してきた男性が呼び掛けるものだが、市は集会場所として公園の使用を許可した。市は「規制する法令がない以上、許可はせざるを得ない」と説明するが、識者からは「自治体には差別をやめさせる義務がある。公園の使用許可は差別に加担することになる」と指摘する声が上がる。

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「そもそも問題の設定の仕方が間違っている」。法学者で東京造形大教授の前田朗さんはそう切り出す。

「『自治体はヘイトデモを規制できるか』という問いを立てれば、憲法は集会や表現の自由を保障しており、根拠法令がない以上は規制できないという結論になる。だが、規制か自由かという二者択一の問題ではない。正しい問いは、自治体はヘイトデモに協力しても良いか否か、だ」

「朝鮮人を殺せ」「在日を日本からたたき出せ」と街中で唱えるヘイトスピーチ。規制以前の問題としてその中身をまず問うべきだ、という問い掛け。公園の使用を認めた川崎区の担当者は「拒否の根拠となる法律や条令はなく、手続きに不備がない以上、不許可にはできない」と漏らすが、前田さんは「デモの会場を提供することは差別と暴力の扇動に加担し、協力していることになる。その認識が薄いと言わざるを得ない」と話す。

では、前田さんのいう「間違い」はなぜ起きるのか。「それは人種差別撤廃条約の存在が念頭に置かれていないからだ」

日本を含む国連加盟国の9割が批准する同条約は人種差別を定義し、差別根絶に向けた取り組みを締約国に求める。2、4条では、政府が人種差別をしないことだけでなく、政府が民間の差別をやめさせること、協力してはならないこと、非難することを義務付けている。

ここでいう政府には地方自治体も含まれることを踏まえ、前田さんは言う。

「公共施設の使用申請があった場合、行政は顧問弁護士に相談する。ほとんどの弁護士は条約のことを知らない。だから表現の自由を理由に、貸し出さなければ訴えられるとアドバイスする。だが、許可を与えた結果、デモで人権侵害がなされれば、被害者から損害賠償請求の訴えを起こされると考えるべきだ」

■条約の要請 「国際社会の認識はヘイトスピーチを禁止すべきものとしており、地方自治体も差別をやめさせる義務を負っている。それは職員の良心の問題ではない」。弁護士の師岡康子さんも「差別を止める責務」を説く。9月30日に開かれた神奈川人権センター主催のセミナーで、県内自治体の職員を前に続けた。

「日本の法律の仕組みでは、加盟した条約はそのまま国内法になる。憲法98条で順守義務がうたわれており、条約は一般の法律より上位に位置付けられる。だから法律も条令も、条約に合致するように解釈しなければならない」

その好例として引き合いに出すのが、2013年10月の京都地裁判決だ。京都朝鮮第1初級学校の前で「スパイの子」「キムチくさい」などと繰り返した街宣活動は民法上の不法行為にとどまらず、人種差別撤廃条約に違反する人種差別と認定した。

なかでも評価するのが、街宣を行った在日特権を許さない市民の会(在特会)のメンバーらに学校の半径200メートル以内での街宣を禁止したこと。「在特会を差別が目的の団体と認定し、差別が目的であると分かれば、条約に基づき公共施設の使用申請を拒否できる、拒否しなければいけないということを示している」

では、川崎で行われているデモはどうか。主催は個人の男性で、在特会のメンバーではない。だが、「KILL KOREA!」というプラカードを掲げ、「在日をたたき出せ」というシュプレヒコールを響かせる様子は在特会のデモと変わらない。参加者には在特会神奈川支部のメンバーもいて、昨年5月には在特会の桜井誠会長もマイクを握り、在日の排斥を叫んだ。

ヘイトスピーチが社会問題となって以降、デモの告知サイトに「死ね、殺せ等の文言は厳禁」という記述が見られるようになったが、前田さんは「過去にそうした差別デモを行ったグループがまたやって来たというだけで当事者は精神的な被害に遭う」と指摘する。

■害悪の認識 街中で差別落書きが見つかれば、自治体の職員が消す作業を行い、再発防止の啓発も行う。だが、ヘイトスピーチは野放しのままだ。

横浜市の人権担当の職員は「国が法律で規制していない以上、市単独ではやりづらい。在特会は市役所へ抗議に押しかけるなど各地でトラブルを起こしていると聞く。目立ってもめ事になり、ほかの仕事ができなくなる事態は避けたいのが本音だ」と明かし、「ヘイトスピーチがどれだけ深刻なものか、十分認識できていないのは否定できない」と認める。

師岡さんは自治体のできること、やるべきことの例として、人種差別禁止法を制定するよう国に要望を出す▽人種差別を許さない宣言を採択する▽公共施設の利用条約に人種差別行為に利用する場合の禁止条項を入れる▽差別禁止条例を制定する-などを挙げる。

そこで強調するのはやはり、ヘイトスピーチがもたらす害悪の深刻さだ。

「差別街宣を受けた京都の朝鮮学校の子どもは4年たった今も一人で留守番ができない。廃品回収の車を目にすれば街宣車を思い浮かべて体をこわばらせる」

「たたき出せ」と呼び掛け、差別を広めることが地域社会に刻み付ける亀裂。否定できない属性への攻撃と恐怖で当事者に反論の言葉を失わせる沈黙効果。「少数者を黙らせ、それによって社会から排除する。これは民主主義の基礎自体を壊すものだ」

問いは、表現の自由とは何のために守るべきものなのか、に行き着く。

前田さんは言う。「憲法の前文には平和主義、国際協調主義が、13条には個人の尊重、14条には法の下の平等がうたわれている。表現の自由をうたう21条をもって、憲法のこうした基本原理をひっくり返すことはできない。行政はヘイトスピーチの中身に立ち入らず、中立の立場から表現の自由は大事だという。だが、先の戦争の反省に基づいてつくられた憲法は中立ではない価値理念に満ちている。その原理との整合性を考えれば、少数者の表現の自由を守るためにヘイトスピーチを規制するというのが正しい解釈だ」

【人種差別撤廃条約(抜粋)】

第1条

1項 人種差別とは、人種、皮膚の色、世系または民族的もしくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限または優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権および基本的自由を認識し、享有しまたは行使することを妨げまたは害する目的または効果を有するものをいう。

第2条

1項 締約国は、人種差別を非難し、また、あらゆる形態の人種差別を撤廃する政策および、あらゆる人種間の理解を促進する政策をすべての適当な方法により遅滞なく遂行する義務を負う。このため、

(b)各締約国は、いかなる個人または団体による人種差別も後援せず、擁護せずまたは支持しない義務を負う。

(d)各締約国は、状況により必要とされるときは、立法を含むすべての適当な方法により、いかなる個人、集団または団体による人種差別も禁止し、終了させる。

第4条

締約国は、いかなる形態であれ、人種の優越性、皮膚の色、種族的出身の人の集団の優越性の思想、理論に基づくあらゆる宣伝および団体、人種的憎悪、人種差別を正当化し、助長することを企てるあらゆる宣伝および団体を非難し、また、このような差別のあらゆる扇動、行為の根絶を目的とする迅速で積極的な措置をとることを約束する。

【神奈川新聞】


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