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創造都市・横浜の今 04年より拠点は増加

社会 神奈川新聞  2016年12月05日 10:49

「文化芸術は教育と匹敵するくらい大事」と話す杉崎さん
「文化芸術は教育と匹敵するくらい大事」と話す杉崎さん

 「創造都市」を掲げる横浜市。都心部の歴史的建造物や倉庫、空きオフィスをクリエーターやアーティストの創作活動や発表の場に活用、地域の資産を生かしたまちづくりを展開している。これまでの歩みを振り返るとともに、横浜市芸術文化振興財団(中区山下町)の広報・ACYグループ担当リーダー杉崎栄介さんに、成果や課題を聞いた。

 市が「クリエイティブシティ構想」を打ち出したのは2004年。アーティストやクリエーターの定着を図り、都心臨海部の再活性化を図るとした。東京への一極集中が進み、関内周辺のオフィス空室率が上昇するなど、地盤沈下が懸念されていたことも背景にあった。

 出発点は同年、実験的に始めた「BankART(バンカート)1929」だ。戦前から残る二つの銀行をアートスペースに転用。“市民協働”の理念の下、市の所有財産を民間が運営する手法は当時、先進的とされたという。現在は日本郵船の元港湾倉庫が「BankART Studio NYK」(中区海岸通)として活用されている。

 05年になると民間のプロジェクトが動きだす。「北仲BRICK&北仲WHITE」(中区北仲通)だ。森ビルが、大正から昭和初期にかけて建設された旧帝蚕倉庫本社ビルと同事務所の二つのビルを活用。大規模開発を前に、05年5月から1年半の期間限定でアーティストやクリエーターに低家賃で貸し出した。

 当時は約60組が入居。入居者からの発案で、スタジオを一般公開する「北仲OPEN」も開催した。これが後に、「関内外OPEN!」へと発展する。

 06年、北仲のプロジェクトを引き継いだのが「本町ビルシゴカイ」(中区本町)。昭和初期に建築されたビルの一部が、芸術家らの拠点に生まれ変わった。東京五輪・パラリンピックの公式エンブレムをデザインした野老朝雄さんも入居していたという。10年、同ビルの解体に伴い、宇徳ビル(中区弁天通)へ移転。「宇徳ビルヨンカイ」では現在も創作活動が展開されている。

 クリエーターらの集積を図るため、市は各種助成金を用意。市外から事務所を移転・開設する際、最大200万円を支援するなどしている。市芸術文化振興財団によると、クリエーター・アーティストの事務所等開設支援助成は08~16年度前期までで計102件が採択されたという。現在、本年度第2期分を募集中だ(22日まで)。

 「北仲」から10年以上が経過。文化芸術拠点の数は着実に増加した。行政が介在しない民間の施設も増えている。

 「宇徳」に建築都市設計事務所を構える前田篤伸さんは「北仲」「本町」を経て今に至る。北仲を紹介された際、歴史ある空間が気に入り飛び付いたという。

 「都市デザインの分野で横浜は日本のリーダー的存在。これまで積み重ねた歴史や都市のアイデンティティーを大切にしながらまちづくりを進めてほしい」と将来を見据える。


横浜臨海部の文化芸術拠点
横浜臨海部の文化芸術拠点

地域に還元する段階へ-横浜市芸術文化振興財団・杉崎栄介さん





当初、多摩川より北から(クリエーターらを)引っ張ってくるのは難しいと言われ、横浜市が苦労を重ねる中で創造都市としてのブランド力が高まった。ようやく軌道に乗ったと言える。

 横浜の課題はグラフィックデザイン、映像、建築など創造産業の市場が小さいこと。この分野では東京が断然の1位。大阪、名古屋、そして横浜と続く。放送局や新聞社、出版社といったメディアや大企業、大手代理店が多数ある都市が強いのは必然的でもある。

 横浜のクリエーターらが東京の仕事をもらい、収入を得るいわば“出稼ぎ経済”も市税収入の確保という面では大事。だが本来、目指すべきは地元で仕事が完結すること。それにはお金と事業を横浜に引っ張ってこられるプロデューサー的な人材の育成が欠かせない。

 動きは出始めている。再開発が進む横浜駅西口の仮囲いをデザインするプロジェクトは、その好事例だ。(市内に事務所を構え、都市空間デザインなどを手掛ける)熊谷玄さんがプロデューサーとなり、市内の若手クリエーターらに仕事を発注している。

 横浜で仕事を発注しようと考える企業にとって市内にネットワークを持つ人の存在は大きいはず。これは、東京の代理店にはない。当財団にも市内のクリエーターを紹介してほしいとの相談が増えている。文化芸術拠点が今ほど集積していない頃を思えば感慨深い。

 創造都市施策は、都市の内発性を高めるのが狙いだと私は捉えている。つまり、横浜で何かやりたい、と主体性を持った人をいかに増やしていくか。それが都市の活力に直結する。

 問われるのは、横浜へ移転・誘致された企業やクリエーター、アーティストらと、従来から横浜にいる事業者、市民がいかに接点を持ち、相乗効果を生み出すか。まずは顔の見える関係をつくり、人と人とがつながる中で、新たな事業を起こす機運が生まれる。それによって、都市の内発性が高まるのだと思う。

 創造力のある人たちが民間不動産を含む都市インフラを活用し、優位性を持って活動できるようになると“主体性をリレーする関係”が生まれる。今年の「関内外OPEN!」はどのチームも主体的に動き、チームを超えた連携も生まれた。集積効果を実感した。

 われわれの任務は彼らを支援する制度をつくったり、相談窓口を務めたりすること。助成制度にはさまざまな意見があるが、助成金は目的を明確にして運用すれば、有効なものとなる。

 芸術文化は行政が扱う領域の中で、医療や福祉、教育などと匹敵するくらい必要なものだと思う。教育と同様、次世代の子どもたちにつないでいくべきもの。何年も後になって評価される。一度途切れると、それまでの投資が無駄になる。人口減少社会で歳入が減っていっても決して不要になるものではない。商業芸術を否定するつもりはない。一方で、非商業芸術や未来に対する投資は、行政が果たすべき役割だ。

 クリエーターらを集積するという当初の目的はある程度達成した。今は第二のフェーズに入っている。彼らが活躍する場や事業をつくり、地域に還元させる段階。地元の企業との間で良い関係性はできつつあるが、まだ一部であり、あまり知られていない。

 街を豊かなものにするために創造力のある人の持つ力は大きい。市内企業や市民が、そうした人たちをもっと身近に感じられるようにすることも、われわれの重要な任務だ。


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