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有権者の無関心、なぜ
時代の正体〈30〉熱狂なきファシズム(下)

時代の正体 神奈川新聞  2014年09月25日 13:00

想田和弘さん
想田和弘さん

米国ニューヨーク在住の映画作家想田和弘さん(44)は自民党の安倍晋三首相の政権運営を全体主義的だと批判し、「熱狂なきファシズム」の広がりを危惧する。一方で、有権者の無関心や安易な政治態度がそれを下支えしているとも指摘する。

□消費者民主主義の影

憲法改正に原発の是非、消費増税案、環太平洋連携協定(TPP)問題、経済再生。2013年の参院選は国の行方を左右する争点が並んだにもかかわらず、投票率は52・61%と戦後3番目の低さにとどまった。自民党はこの選挙で圧勝し、ねじれ国会は解消。その後は特定秘密保護法案を強行採決するなど、数を頼みに強気の政権運営が続く。

「自民党の絶対得票数は高くなく、決して圧倒的な支持を受けたとはいえない。ただ有権者の『関心を持たない』という態度が、結果的に彼らの方針を支える構図ができている」

本来は国民的議論を起こし、熟議を重ねるべき問題が音を立てずに決められていく。異を唱える有権者たちの声は、「恐るべき無関心」といううねりにのみ込まれ、大きくならない。

「原発の問題、民主主義を破壊するかのような自民党の振る舞い、そして政治に関心を持とうとしない大多数の国民。これだけの問題にほとんどの人が反応しない。そもそも『危機』として認識していない」

その背景として、「消費者民主主義」というあり方を指摘する。政治家は政策という「商品」を与える存在で、有権者は「消費者」であり、その対価として投票と納税で応える。

魅力がなければ買ってもらえないから、政治家は耳当たりのよい政策を並べる。消費者化した有権者は政策や問題を吟味しない。不良品だったら、それは売り手の責任だと文句を言う。

民主主義において、主権はあくまで国民=有権者にある。政治を行う主体であるはずの国民が「分からないから」政治家に任せきりになり、「興味を持てないから」投票もせず、そこに責任も感じない。

「現政権がこの構図をどこまでしたたかに利用しているかは分からない。ただ有権者は、消極的で必要な支援をしていると言える」

□政治的には赤ちゃん

なぜ、有権者が主権者から遠ざかるのか。なぜ、政治を主体的に捉えられないのか。根底にあるのは「教育」の不足だと指摘する。

「日本の学校では『政治教育』と言えるものがほとんどない。教わらなければ因数分解が解けないように、一定の訓練を受けなければ、自分がどうやって政治的態度を決めればいいかは分からない」

憲法改正でも外交問題でも同性愛の問題でもいい。賛成反対、いずれかの立場に立たせ、議論させる。どんな問題でも必ず「リサーチ」が必要となる。歴史的背景、相対する側の主張と弱点、他国での例…。その上で議論のマナーを学ぶ。争点を合わせ、相手の意見に耳を傾け、冷静に互いの論を戦わせ、最良の着地点を探っていく。

「こうした教育を米国では小学校からやっているし、ドイツでは重大な問題が起きると、そのまま翌日の授業をその議論に充てることもある。その訓練が将来の政治的意識を育んでいく。日本は『色』がつくのを極端に恐れ、無菌室の中で育てていく。結果ほとんどの人が、政治的には赤ちゃんのまま、いきなり投票権を得ているのが現状」

免疫がないから「風邪」をひきやすく、「風」にも流されやすい。極端な論に簡単に飛びつき、自分に都合のいい情報だけを集め、信じ込む。「ネトウヨ」や外国人の排斥を叫ぶ「ヘイトスピーカー」はその典型だという。

□権利行使という努力

民主主義の後退が政権を利する形となっている日本は「もはやレジスタンス(抵抗)の時代に入った」と語る。「改憲草案を読んでも、ここまでの政権運営を見ても、自民党が民主主義を切り崩そうとしているのは明らか。僕らはレジストして、民主主義を守っていかなければならない」

同様の危機を感じ、行動に移す人も確かにいる。「僕がゲストで招かれた憲法関連のイベントには、人が入りきれないような状態になる。彼らは本気で日本を心配しているし、勉強もしている」。12年と14年の東京都知事選では、脱原発や安倍政権の暴走阻止などを訴え、無所属で立候補した元日弁連会長の宇都宮健児氏が次点となるなど、一定の広がりは感じている。

「ただ冷静に見ると社会全体の中でそういう人たちは、ほんのひとしずく。頑張っても意味ないと、むなしさを感じることもある」

ではどうするか。われわれは「群れるための作法」を身につけるべきだと語る。

「近代化は個人が自由になっていく反面、地域や家族、会社のつながりを分断していく過程でもあった。この状態では有権者の声は大きくならず、民主主義は機能しにくい。かといって昔には戻れない。だから私たちはその代わりの装置として、平田オリザ氏が言うような『緩やかな共同体』をつくる努力をするべきだ」

趣味の同好会や地域の集まり、社会貢献活動など。「同じ個人がいくつものグループに所属し、重層的に関わっていく状態」を創出し、さまざまなネット(網)を編んでいく。

「その過程で人間関係が熟していく。それが政治的態度を決める訓練の場ともなる。そして身近な問題について、そのグループを母体として群れるようになる。個人が孤立しないことで、声を大きくしていくことができる。非常に長い時間がかかるが、これを脈々とやっていく必要がある」

権力の暴走には「民主的な武器」を持って明確に拒否を示し、権利を行使するという努力をやめないことで民主主義を守っていく。一発逆転はない。ヒーローが全てを変えてくれることもない。だからこその民主主義と言うこともできる。

「例えば『表現の自由』が担保されていない中国では、居酒屋談義で政権を批判すれば、密告される危険性もある。憲法が保障する権利は、水や空気のようなものだ。なくなって初めて、その大事さが分かる。でもその時には、もう遅い。日本でそれが失われる危機にあるということを、認識したほうがいい」

【神奈川新聞】


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