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実教出版採択問題(上)
時代の正体〈27〉教科書はいま

時代の正体 神奈川新聞  2014年09月21日 10:30

国旗掲揚と国歌斉唱について「一部の自治体で公務員への強制の動きがある」と記述した実教出版の高校日本史教科書に対し、神奈川県教育委員会が「県の考え方と相いれない」と問題視を続けている。昨年はこの教科書使用を希望した県立高校に県教委が再考を促す異例の事態となり、今年は希望した学校はゼロだった。入学式などで国旗掲揚と国歌斉唱を県立高校に求めてきた県教委は「必要な指導を強制と捉えるべきではない」と主張、専門家からは「教育委員会が学校の教科書選定に介入するべきではない」という声が上がっている。

◆県教委 「強制」には当たらない

昨年8月に開かれた県教委臨時会。教育行政の在り方を決める6人の教育委員は実教出版を名指しし、高校日本史教科書の国旗、国歌についての記述が「県の考えと相いれない」と繰り返し発言した。

県教委の立場を問われた当時の高校教育指導課長は、こう説明した。

「入学式や卒業式で国旗は式場正面に掲げ、国歌の斉唱時に教職員は起立し、厳粛かつ清新な雰囲気の中で式が行われるよう取り組みを徹底すること。学習指導要領に基づき、当然行われるべきことであり、それを強制と捉えられるのは好ましくない」

定められた規則に従って行っている指導との認識を示した。

高校教育の内容を定めた学習指導要領には「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」という一節がある。議論の締めくくりで具志堅幸司委員長は「生徒を指導する教職員は(斉唱を)当然行うべきで、(『強制』と書かれると)生徒に誤解される」と念押しするように述べた。

その前年の2012年、実教出版の教科書は複数の県立高で採択されていた。突如、問題視するようになった方針転換の背景について県教委は昨年4月の最高裁判決を挙げる。国歌斉唱時に不起立だった教職員名を記録していた県教委の情報収集の是非が問われた裁判は最高裁が上告を棄却し、情報収集を「人事管理上必要」とした東京高裁判決が確定。実教出版の教科書採択を希望する28校に再考を促したのは、それから3カ月後のことだった。

昨年の県教委臨時会では「教科書の選択権は学校にあるが、採択権は県教委にある。そのため、再考を促すことは適切だった」と全員一致で結論付けていた。今年8月に開かれた教育委員会で具志堅委員長は昨年の経緯を説明した上で、言い切った。「昨年の再考依頼は適切だったとの判断は出ている。(今年も)留意するよう学校に説明したのは適切だった」

◆琉球大・高嶋伸欣名誉教授 介入背景に政治的意図

「事実を記載し、検定も通っている教科書がなぜ問題視されるのか」。琉球大名誉教授の高嶋伸欣さん(72)は語気を強める。

高嶋さんは、執筆した高校教科書の検定をめぐって訴訟を起こすなど長年教科書問題に取り組んできたことで知られる。県教委が特定の教科書を名指しし、採択に介入するのは前代未聞。その背景に政治的な意図があるとみている。

第1次政権で「愛国心の育成」を教育基本法に明記した安倍政権は、政権復帰後も道徳の教科化を打ち出すなど国家主義色の強い教育改革を進めている。初めて実教出版への物言いがついたのは、自民党が圧勝した13年の参院選投開票日の2日後の教育委員の会合だった。

「神奈川は菅義偉官房長官や教育改革に熱心な義家弘介衆院議員のお膝元。自民党圧勝の結果を県教委は過剰に意識し、そうした国会議員の存在に同調している県議もいる。県教委は方針転換の理由に裁判の判決を挙げているが、政治状況に揺さぶられているだけだ」

高嶋さんは、実教出版の記述は国旗や国歌に対してさまざまな意見があることを知り、教室で議論を交わすきっかけになると考えてきた。「考えが異なるものは排除し、生徒の目に触れさせなくすれば議論すら起こらなくなる。公正な判断力や批判力の育成も学習指導要領が求めている教育の一つだ。自分たちが暮らす神奈川に関係する記載なら、むしろいい教材になる」

かつて高校で教員を務めていた経験から、「教科書は生徒の状況を分かっている教師が選ぶのが大前提。教員の意見を最大限に尊重してほしい」と言葉に力がこもる。

県教委が教科書選定の再考まで求めたのは、行き過ぎだったと感じている。「『他の意見もあることを生徒に説明し、一面的な考えを押しつけないようにしてほしい』という留意点を文書で採択校に伝えれば済む話だった」

最も危惧するのは、校長や教諭の自主規制だ。教委の働き掛けがなくても希望を自粛することにつながりかねない。「教育現場への政治介入は排除しなければならない。教科書は生徒のために選ぶべきだ」

【実教出版の国旗、国歌をめぐる記述】

国旗・国歌法をめぐっては、日の丸・君が代がアジアに対する侵略戦争ではたした役割とともに、思想・良心の自由、とりわけ内心の自由をどう保障するかが議論となった。政府は、この法律によって国民に国旗掲揚、国歌斉唱などを強制するものではないことを国会審議で明らかにした。しかし、一部の自治体で公務員への強制の動きがある。

【実教出版教科書採択問題の経過】

問題となっているのは実教出版が発行する「高校日本史A」と「高校日本史B」。欄外にある国旗掲揚、国歌斉唱についての記述を県教委が問題視した。

公立高校の教科書採択は各校の校長が使用希望教科書を選定し、それを受けて教育委員会が採択する。県教委は2013年の高校日本史教科書採択前に、使用を希望した県立高校28校に「教育委員会の方針と相いれないため不採択の可能性がある」として再考を促し、全校が他の教科書に希望を変更した。校長の希望に対して県教委が意見したり、希望が通らなかったケースは過去にない。

今年は、県教委は教科書採択に先立つ4、5月に校長らが集まる会議で昨年の経緯を説明し、教育委員らの考えを伝えた上で留意するよう求めた。その結果、実教出版の教科書を採択希望に挙げた学校はなかった。

教委と校長のどちらに採択権限があるのかについては意見が分かれる。文部科学省は教育委員会の職務権限を定めた地方教育行政法23条にある「教科書その他の教材の取扱いに関すること」という記述を根拠に教委にあるとしているが、文言があいまいなことから「校長にある」と解釈する専門家もいる。

【神奈川新聞】


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