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【照明灯】鬼才ピアニスト

社会 神奈川新聞  2014年09月21日 09:36

バッハの「ゴルトベルク変奏曲」と聞けば、音楽ファンの多くがグレン・グールドの名を思い浮かべるだろう。カナダが生んだ鬼才ピアニストの録音は世界に衝撃を与えた▼楽譜の解釈は大胆、テンポもめまぐるしく変容する。時にはバッハやモーツァルトら神なる作曲家を冒涜(ぼうとく)するかのような破天荒な演奏家。だが、それが許され愛され続ける不思議な天才だった▼グールドが亡くなった時、枕元に1冊、日本人が書いた小説が置かれていた。旅する青年画家の心情をつづった物語は、英題で「三角の世界」。夏目漱石の「草枕」だというから驚く▼「四角な世界から常識と名のつく、一角を磨滅して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう」の一文をタイトルとしたらしいが、極めて東洋的な感覚美の一体どこに魅せられたのだろうか。グールドの研究で知られる宮澤淳一さんは、美を探求する「草枕」の小説空間こそ彼の心象風景だったと、著作でつづっている▼小説には「非人情」の言葉がたびたび現れる。愛だ、正義だと、そんな人情から解脱した芸術があっていい、と。その向こうに広がる世界が言葉と音楽のはざまにあるのかもしれない。時空を超えて響き合う、哲学の海溝の底をのぞいてみたい気がする。

【神奈川新聞】


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