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不正義を前に もどかしさ
時代の正体〈26〉ヘイトスピーチ考

時代の正体 神奈川新聞  2014年09月20日 11:30

在日コリアンの排斥を訴え川崎駅前で繰り返されているデモ=2013年10月12日、川崎市川崎区
在日コリアンの排斥を訴え川崎駅前で繰り返されているデモ=2013年10月12日、川崎市川崎区

日本の人権状況を審査した国連の人種差別撤廃委員会の勧告は、ヘイトスピーチの規制を日本政府に求めたことで注目を集めた。勧告は政府に対してなされたものだが、人種差別撤廃条約そのものは国として批准したものであり、地方自治体にも順守義務がある。街中で在日コリアンの排斥を唱えるヘイトスピーチデモは県内でも続く。自治体はどう向き合うのか。

動画投稿サイト「ユーチューブ」にデモの模様は残されている。

「犯罪を犯す外国人、日本に仇(あだ)をなす外国人は徹底的に排除します」

マイクを通じ張り上げられた女性の声が目抜き通りに響く。7月26日、休日でにぎわう川崎駅周辺で行われたヘイトスピーチデモだった。

開催を告知するインターネットサイトに呼び掛け人の男性の「決意表明」があった。

〈反日外国人が差別される普通の国にしてやるぞ!〉〈不逞(ふてい)外国人が排斥される当たり前の日本を目指すぞ!〉

川崎での開催は5度目。昨年5月には、在日コリアンの排斥を唱える市民団体「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の桜井誠会長もマイクを握り、デマを交えて「在日は殺人、強盗、放火とやりたい放題だ」「多くの罪を犯す在日は出ていけと言うのは日本を守るため。これのどこが差別なんだ」と叫んだ。

多数者が少数者である集団を排斥することを目的に、さげすみと憎悪をあおるヘイトスピーチ。国内各地のデモの様子を収めたビデオ映像を見た人種差別撤廃委員会が「非常に過激な言動で、まさに暴力の威嚇が身に迫っている」と懸念を示した状況に重なる。

勧告は日本政府にヘイトスピーチの発言者の捜査、起訴を含めた規制を求めている。市人権・男女共同参画室はしかし、慎重に言葉を選ぶ。

「どこまでの表現がヘイトスピーチに当たると捉えるか、良い悪いの判断を自治体が行ってよいものか。政府が勧告をどう受け止めていくのか注目していきたい」

同じくデモが続いた東京都新宿区の対応などの情報収集を続けているが、市独自の判断基準を検討するといった動きはないという。

■差別の問題

17日、都内。スイス・ジュネーブで人種差別撤廃委員会の対日審査を傍聴したNGOメンバーの報告会では、日本政府になされた勧告をいかに実行に移させていくかが論じられた。

ヘイトスピーチ問題に詳しい師岡康子弁護士は「差別の問題だという認識自体が薄い。人種差別撤廃基本法という包括的で基本的な枠組みをまず設けるべき。その上で国だけでなく、地方自治体にも実行を促していく必要がある」と課題を見据える。

デモではないが差別的な内容の講演会を自治体が問題視し、対応したケースは少ないながらある。

大阪府門真市で市民文化会館の利用申請が取り消されたのは今年5月。予定されていた講演のテーマは「朝鮮の食糞(ふん)文化を尊重しよう」。同市教育委員会は指定管理者に「差別行為は許されないという姿勢を明確に示し、市民目線に立った総合的な判断を下すことを求めた」といい、指定管理者は施設の設置条例にある「公の秩序または善良な風俗を害するおそれがあると認めたとき」が取り消しの根拠になると判断した。

山形県生涯学習文化財団は昨年6月、在特会山形支部から申し込まれた施設の利用申請を断った。在特会が東京・新大久保でのデモでトラブルを起こしていることなどから「総合的に判断した」という。「結局、予定していた講演は別の民間施設で実施されたようだが」

■根拠が必要

川崎の場合、福田紀彦市長は見解を示してはいる。5月に幸区で開かれた区民車座集会で「本当にヘイトスピーチの話を聞くたびに、怒りを通り越して情けない思いがする。あらゆる人種や国籍、性別に対して差別するという心が生まれてくるということ自体、本当に悲しいことだ」と述べた。

だが、「思いを語っただけでは足りない」とこぼすのは川崎区道路公園センター。川崎でヘイトスピーチデモがあるたび、主催者の公園使用の申請を受け付けている。デモに反対する人たちからは「なぜ申請を受け付けたのか」「慎重に対応すべきだ」との声が寄せられる。「集会、言論の自由は憲法で保障されている。デモの内容からして反対する人の気持ちは分かるが、規制には根拠となるが法令が必要。市都市公園条例は集会を規制しておらず、適用できる項目がない」と職員は言う。

デモは10月5日にも予告されており、主催者からは近く正式に公園の利用申請がなされるという。「正直歯がゆいが、手続きに問題がなければ受け付けざるを得ない。消極的といわれるかもしれないが、デモが下火になるのを待つしかない」と職員。市人権・男女共同参画室の担当者も「多文化共生は川崎のアイデンティティー。個人的にはあのデモは望ましいと思わない」と吐露する。

それぞれが口にしたもどかしさに法の不備、裁判所とは別に人権侵害に迅速に対応する国内人権機関の必要性が浮かび上がる。

人種差別禁止法の制定を勧告されながら、日本政府は表現の自由との兼ね合いを理由に規制には消極的だった。市民グループ「のりこえねっと」がネット上の記録を調べたところ、2013年に国内で企画されたヘイトスピーチデモは360件以上。ネットでも動画の拡散が続き、議論が深まらぬまま差別の被害が積み重なっていく。

規制か自由かの相克もしかし、師岡弁護士は強調する。「ヘイトスピーチは差別と暴力の扇動であり、守るべき表現の自由とは区別できる」。そして、不正義を目の当たりにした職員たちが言外に繰り返した本音からも答えは浮き彫りになっている。「一般的には問題がある」「個人的には望ましくない」「反対する気持ちは分かる」-。

◆人種差別撤廃条約 人種、皮膚の色、血統、民族などの違いによる差別をなくすため必要な政策・措置を行うことを義務付ける国際条約。1965年に国連総会で採択され、日本は95年に批准した。人種差別撤廃委員会は条約に基づき設置された国連の組織で、条約の順守状況を監視するため批准国が提出した報告書を審査し、勧告を出す。2001、10年に続いて3度目となる対日審査が8月に行われ、人種差別を禁ずる包括的な特別法の制定や捜査、起訴を含むヘイトスピーチの規制などが勧告された。

【神奈川新聞】


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