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時代の正体〈25〉存在消される危惧抱き

時代の正体 神奈川新聞  2014年09月17日 12:42

母校の神奈川朝鮮中高級学校の前に立ち思いを語る金さん=横浜市神奈川区
母校の神奈川朝鮮中高級学校の前に立ち思いを語る金さん=横浜市神奈川区

12年前のきょう、2002年9月17日は在日コリアンの人たちの記憶にも特別な一日として刻まれる。日朝首脳会談で北朝鮮による日本人拉致が明らかになったその日から、非難の嵐は在日社会にも押し寄せることになった。当時中学生だった金(キム)泰崇(テスン)さん(24)=横浜市南区=にとっては、その後の歩みが決した日といってもよかった。北朝鮮による拉致再調査の最初の結果報告が迫るいま、胸は不安で波立つ。

その日は夜になって学校から連絡が回ってきたと記憶している。

「明日は休校にする、と。危害が加えられる恐れがあると説明されたが、なぜそんな必要があるのか理解できなかった。拉致についてはニュースで知ったが、それが自分たちにどんな影響を及ぼすのか思いもよらなかったから」

神奈川朝鮮中高級学校(横浜市神奈川区)に通っていた金さんは当時、中学1年に当たる中級部1年。述懐に子どもらしい素直な心情が伝わる。

「小泉純一郎首相と金(キム)正日(ジョンイル)総書記が会談をすると聞き、次の日にも国交が正常化するんじゃないかとニュースが待ち遠しかった」

北朝鮮による拉致の事実に親世代が「裏切られた」「拉致はしていないとなぜうそをついてきたんだ」と憤るのを耳にした。その時はピンとこなかった金さんだが、強まっていく一方の風当たり、いわれなき非難に事態の深刻さを知る。

経済制裁に在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)や朝鮮学校への強制捜査、北朝鮮は何をするか分からない国、貧しく遅れた国という一面的で画一的な報道-。

爆発物を仕掛けたという匿名の電話が学校に届き、女子生徒は民族衣装のチマ・チョゴリで登下校できなくなった。スクールバスに記された学校法人名「朝鮮学園」の文字もシールで隠された。

「朝鮮学校の生徒と分かれば何をされるか分からないから、と。こうして異常な非日常が日常になっていった」

在日の姿が消えた風景、そうして重ねられた12年の歳月。「いま在日の存在は、日本社会にどう映っているだろうか」。北朝鮮による拉致再調査の結果報告を前にした危惧は、そこにある。

■歴史

横浜市南区で生まれ育った在日3世。大学に進むまで朝鮮学校に通った。ルーツである朝鮮の言葉、文化、歴史を学び、民族名で生活するのは当たり前だと思っていた。

それが在日コリアンの中で少数派だと知ったのは、進学した明治学院大でのことだった。日本の学校に通い、民族名を隠し、日本名で通してきたという先輩たちに出会った。

それまで同胞コミュニティーの中で過ごし、差別を直接受けた経験のなかった金さんにとって、差別は厳然と存在し、それゆえに出自を明かすことができないという現実はショックだった。

9・17に始まる恐れに重なった。

「このままでは在日の存在自体が消されてしまう。なきものにされてしまう」

消されようとしているのは1世から続く歴史そのものでもあるとも感じた。やはり大学のキャンパスで自分が在日だと打ち明けると決まって言われた。

「日本語、上手だね」「日本で生まれたのなら、日本人と一緒だよね」

上から見下ろし、慰めるように「一緒」のところへ引き上げる響き。そもそも同じなどではなかった。

在日コリアンの歴史は1910年の日本による朝鮮半島の植民地支配に始まる。土地を奪われた農民たちは仕事を求め、海を渡った。戦争が始まると戦地や軍需工場に徴用され、強制連行もあった。在日はその子孫として4、5世と世代を重ねている。

悪意があったとは思わないが、「一緒だ」と口にした瞬間、歴史的背景への考察は遮断される。「大学生でさえ在日の歴史を知らない、知ろうとしないことに愕然(がくぜん)とした」

■使命

大学を出て、在日本朝鮮留学生同盟県本部の職員になった。朝鮮総連傘下の組織で、日本の大学、短大、専門学校に通う在日学生のための事業を手掛ける。学生同士の交流を図り、在日が抱える問題を組織として世間に訴える役目も担う。

両親からは「この仕事をさせるために日本の大学に通わせたんじゃない」と反対されたが、「意識を持った誰かがやらないといけない仕事。日本人に代わってもらうわけにもいかない。声を上げる大切さに気付いたのは自分の場合、9月17日からの日々だった」。

いま、朝鮮学校が高校無償化の対象から除外されている問題に取り組む。拉致問題が理由に持ち出された不当性と差別性を集会などで訴える。

「言葉と文化、歴史という在日として生きる術(すべ)を与えられ、心(しん)が育まれたのが朝鮮学校。それは日本の学校でできることではない。なくなってしまえば、在日が在日として生きる意味を見失い、同胞社会も消滅する」

植民地時代に奪われた民族の言葉と文化を取り戻すために始まった学舎(まなびや)が標的とされたことに、拉致問題以降に加速した過去の歴史を正当化しようとする風潮が重なって映る。

最近、大学時代に友人だと思っていた人がフェイスブックを通じて発信したメッセージに全身が震えた。

〈朝鮮学校を無償化しないのは当たり前。ここは日本だし、差別じゃなく区別だ。援助をもらうための下心が見える〉

そこに欠落した、歴史と向き合う姿勢と共に生きる存在としての在日へのまなざし-。

「無知、無関心の上に拉致を行った北朝鮮への憎しみが重なった。いまは12年前よりひどいことが起きないよう願うばかり」

拉致再調査の結果を日本社会がどう受け止めるか、切実な思いで見詰める。

◆日朝首脳会談

2002年9月17日、日本の首相として北朝鮮を初訪問した小泉純一郎首相と金正日(キム・ジョンイル)総書記との間で行われ、会談後、日朝平壌宣言に署名した。日本側は過去の植民地支配について痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明。過去の清算では双方が請求権を放棄する代わり、国交正常化後の無償資金をはじめとする経済協力を日本側が約束した。だが、会談で北朝鮮側が示した日本人拉致被害者の「5人生存、8人死亡」という伝達に日本の世論が反発、北朝鮮バッシングが強まった。宣言でうたわれた国交正常化交渉は開始されず、北朝鮮のミサイル発射実験、核実験を受け日本は06年に独自制裁に踏み切り、両国関係は冷え込んだまま膠着(こうちゃく)した。

【神奈川新聞】


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