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山北・玄倉川事故から15年 もう悲劇繰り返すな

社会 神奈川新聞  2014年08月20日 12:43

指揮本部が設置された広場。現在は安全祈願碑が置かれている=山北町玄倉
指揮本部が設置された広場。現在は安全祈願碑が置かれている=山北町玄倉

山北町の玄倉川で行楽客13人が流されて死亡した事故から15年が経過し、また悲劇が繰り返された。1日に同町の河内川で母子3人が流され、帰らぬ人となった。玄倉川事故で足柄上消防組合消防長として救助の指揮を執った小嶋吉治さん(65)=中井町松本=は、当時と重ねて今回の経過を見守っている。二つの事故とも中州でキャンプをしていた行楽客が犠牲になったが、指摘されたその危険性は当時も今も同じだ。「自然を甘く見てはいけない」。現場でその脅威を痛感してきた小嶋さんは、あらためて安全管理体制の強化を訴えている。

「全員流されました」

小嶋さんは、無線から響く救助隊員の悲痛な叫び声を忘れることができない。当時の紙面をまとめたスクラップをめくりながら、「あの日」を振り返った。

▽激流の猛威

1999年8月14日早朝。前日に発令された大雨・雷洪水注意報が、警報に切り替えられるほどの大雨となっていた。午前8時半ごろ、大勢の行楽客が玄倉川の中州に取り残されている、と119番通報が入った。

救助隊員が駆けつけると、すでに水没した中州では行楽客18人が輪になって互いを支え合い、膝の高さまで水位が上がった濁流に耐えていた。

決死の救助活動が始まった。

隊員は川岸から命綱を頼りに川を横切り、約50メートル離れた中州に向かったが、激流で引き返さざるを得なかった。回り込んだ対岸にロープを飛ばしてつないでも、水圧によって切断された。救助は難航した。

現場から約1キロ下流の指揮本部にいた小嶋さんは、ごう音を響かせる濁流を目の前にし、焦りと不安が募った。救助が困難な状況が無線で刻々と報告され、県内の各消防本部に応援を要請。「いち早く派遣をお願いしたい」。語気を荒らげた。

午前11時半ごろ。悲劇は起きた。救助隊員が3回目にロープを飛ばした時だった。力尽きた中州の18人は悲鳴だけを残して濁流にのみ込まれた。そして-。

▽漂う無力感

小嶋さんは今月2日、本紙記事を読み、河内川の水難事故を知った。

中州でのキャンプ場経営と事故との因果関係や、業者の安全管理体制が注目されており、「利用客の安全を確保するために、注意喚起や情報提供などやるべきことがある。どうなっていたのか」と関心を寄せた。同時に、当時と同じく関係機関に被害防止のための強制力がない現状を痛感、あらためてかつての議論を思い出したという。

15年前は、翌日の大雨が懸念されていたため、県職員や警察官らが事故前日から、中州でキャンプをしていた行楽客に何度も避難するよう呼び掛けたが、誘導することはできなかった。河川法に定められている「河川の自由使用」が壁になり、強制的に避難させることに限界があったのだ。

事故後、県はキャンプを規制するための条例制定などを検討。だがやはり「河川の自由使用」という原則に沿い、「自由使用に伴う危険は使用者自らの責任で回避すべき」として見送られた。

当時もキャンプ規制の必要性を主張していたという小嶋さんは、「業者や行楽客に対し、公的機関が一定の強制力を持つ仕組みをつくるべき」と訴える。「消防などの現場で働く者は自然の脅威を思い知らされている。危険性を感じているのに、注意することしかできないのは悔しい」。助けるべき人が、目の前で流されていった。当時の救助隊員らの思いをくみ、命を救う法的根拠を求める。

▽安全を守る

規制を求める理由には、西丹沢の地形や近年の降雨状況もある。

山北町の山間部を流れる川の流れは、普段は穏やかだ。しかし、切り立った岩壁に囲まれており、雨が降ればそのまま川に流れ込み、急激に増水して勢いを増すという。行楽客には早めの避難が求められているものの、近年は「ゲリラ豪雨」のように予測が困難な局地的な集中豪雨が度々発生しており、正確な情報をつかむのは難しくなっている。

2006年8月には、増水した酒匂川で釣り客ら25人が流され、2人が死亡した事故が発生。この事故のように、現地ではさほど雨が降っていなかったのに、上流で局地的豪雨があり、増水に気付くのが遅れるケースもある。そのため、行政や消防、警察などの関係機関が広域的に連携して情報収集し、注意喚起することも課題という。

「個人で必要な情報を集めるのが難しいこともある。スピーディーに情報提供や避難誘導をする体制を整えることが必要」と、小嶋さんは強く訴えた後、「もう、同じような悲劇を繰り返さないでほしい」としぼり出すようにつぶやいた。

玄倉川事故当時、行政に対して再発防止策の必要性を指摘したスクラップの記事には、赤い線が引かれている。

〈『ほとぼりが冷めたころ、また似たような事故が起きる』。常に現場と向き合っている人の声に耳を傾けてほしい。〉

15年という年月は、記事を黄ばませたが、その指摘は現在も胸に鋭く響く。

◆玄倉川水難事故 1999年8月14日、山北町玄倉の玄倉川でキャンプをしていた行楽客18人が大雨や玄倉ダムの放流による増水で中州に取り残され、救助活動中に流された。5人は救助されたが、13人が死亡した。

【神奈川新聞】


15年前の事故当時、足柄上消防組合消防長として救助の指揮を執った小嶋さん=中井町松本
15年前の事故当時、足柄上消防組合消防長として救助の指揮を執った小嶋さん=中井町松本


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