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蓮池透さん
時代の正体〈18〉拉致再調査を前に(上)「解決」のゴール見えず

時代の正体 神奈川新聞  2014年08月18日 09:59

拉致被害者の再調査に向け思いを語る蓮池透さん=都内
拉致被害者の再調査に向け思いを語る蓮池透さん=都内

 日朝両政府が合意した拉致被害者らの再調査、その最初の調査結果が9月上旬にも北朝鮮から示される。日本政府は再調査を拉致問題解決への一歩と位置付けるが、被害者家族の一人、蓮池透さん(59)は表情を崩そうとはしない。「なぜなら解決というゴールが見えないから」。かつて対北朝鮮強硬論の先頭に立ち、のちに対話路線に転じたその人が語る「解決」とは。

 誤解を恐れずに言うのなら、と切り出した。

 「拉致があった1970年代から40年が経過した。これは一人の人間が死という瞬間を迎えていてもおかしくない時間の長さだ。もちろん、政府は被害者の生存を前提に北朝鮮と向き合うべきだ。だが、万が一、死亡という結果が示された場合、どう受け止め、対処するのか。どこまで検討しているだろうか」

 低く響く変わらぬ声色も、かつて怒りをたたえたまなざしには憂いの影が差す。「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)の事務局長として対北朝鮮強硬論をぶっていた、その人の風貌の変化が物語る歳月。

 「私もいろいろ考えた。なぜこの問題がここまで膠着(こうちゃく)したままなのか、と。変節した、やっぱりサヨクだったか、と非難もされたが」

 政府や家族会、その支援団体「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)の制裁一辺倒の路線に疑問を抱き、「制裁より対話を」と主張するや家族会を事実上の除名になった。それから4年余、ようやく動きだした日朝協議にも楽観の見通しは語られなかった。

タブー


 引っ掛かりを覚えるのは、自身も口にしていたであろう勇ましい言葉だ。例えば古屋圭司拉致問題担当相の発言。

 「すべての拉致被害者を取り戻す」

 再調査の対象は政府認定の拉致被害者のほか、行方不明者、残留日本人・日本人配偶者、日本人遺骨だ。

 では、すべての被害者とは誰を指すのか。行方不明者には、警察庁が拉致の疑いが排除できないとする860人全員が含まれるのか。そもそも取り戻すとはどういうことか。

 「誰かが亡くなっている、ということを言っているわけではない」と念を押しつつ、続ける。

 「私だって死んでいることを前提にはしたくはない。だがタブーにしていいのか。タブーとなった結果、死亡なんて報告は許さないという風潮が日本国内にある。それでは北朝鮮は出す情報も出さなくなる。真実は隠され、あるいは捏造(ねつぞう)されるかもしれない。向こうは死亡したと言い、こちらはうそをつくなと言い、互いの主張はぶつかり合う。そして拉致問題が一歩も前へ進まなかったこれまでと同じ轍(てつ)を踏むことになる」

 無為に流れた時間の長さを思ったか、語気がにわかに強くなる。

 「生存していれば日本に戻す。亡くなっていると言ってきたら、証拠を検証する。真相を明らかにし、生存、死亡にかかわらず補償する。解決とは何かをあらかじめ定義し、相手と合意し、それを国民に示し、理解を得ておく。それができるのは首相という立場をおいてほかにないはずだ」

 問題を先送りしてきた不作為、あるいは利用さえしてきた政治の思惑への抜きがたい不信がにじんだ。

違和感


 弟の薫さんが24年の年月を経て帰国し、12年になろうとしている。

 「肉体的には解放されたが、精神的には全く解放されていない。まだ帰ってきてない人がいる。うれしそうにしていれば、横田めぐみさんが残っているじゃないかと非難され、ふさぎこんでいれば、戻ってこられて何が不満なんだという目で見られる。早く本当の意味で解放してやりたい」

 一方で、政治家が語る「全員帰国」に違和感を持つ。「軽々しく言ってほしくない」

 話は2002年9月17日、当時の小泉純一郎首相と金正日総書記による日朝首脳会談に戻る。

 「8人死亡と伝えられ、小泉首相に自分の目で確かめたのかと聞いた。すると、あれは向こうの言い分にすぎない、と。その程度の認識で、なぜ合意文書にサインしたのかと問い詰めたかった」

 不信感は、当初の政府方針だった拉致被害者5人の一時帰国もそうだった。

 「無理やり連れて行かれたのに、戻るなんてあり得ない。北朝鮮によって踏みにじられた被害者の人権、尊厳が日本政府によってまた踏みにじられた」

 自身の説得もあって弟夫婦を含む5人は日本にとどまり、それぞれが残してきた家族を連れてくることもできた。それも今思えば紙一重であったと分かる。

 「弟の子どもたちが北朝鮮の人と結婚でもしていたら、連れてくることは難しかった。さらに時間がたったいま、当事者だけ引き抜いて帰国させればいいのか。まがりなりにも向こうで持った家族、周囲の人々と生まれた絆を断ち切ることになる。めぐみさんにはもう、孫までいるんだ」

感情論



 余韻を残した「孫までいるんだ」。誰より解決を望み、しかし、誰よりそれがたやすいことではないと知り、割り切れぬ思いは、一人の被害者家族としてのそれと家族会という組織を離れたものとを行きつ戻りつしながら一つの答えにたどり着く。

 「被害者が感情的になるのは仕方ない。だが、政治が同じレベルでいいのか。被害者感情に引きずられ、あるいは家族の望み通りに制裁しているのだ、と自らの不作為への言い訳にし、その正当化のため時に世間の被害者意識をあおり、結果、解決は遠のいてきた」

 いまこそ、この問題を単純化して語ってきた日々を振り返るべきではないか。拉致が明らかになったその日を境に噴き出した罵声が悔悟の響きとともに耳にリフレインする。

 北朝鮮はけしからん-。

 一方的な非難の表出は両国間に横たわる歴史を背景とする問題を覆い隠し、列島は憎悪と不信で染め抜かれ、対話の道は閉ざされた。

 この悪感情が解けぬままであるなら、と目を伏せた。

 「特定失踪者860人全員が戻ったとしても、被害者はこの先も生まれ続ける。日本では毎年数万人の失踪者が出ている。そのうちの1%が見つからないとする。ひょっとしたら北朝鮮の仕業ではないかということになり、つまりは未来永劫(えいごう)、この問題が続くことになる」

 静かなるまなざしが、真の解決とは何かを問い掛けていた。

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