1. ホーム
  2. 時代の正体
  3. 時代の正体〈16〉語る男たち(4)セクシーじゃなきゃ

東京外国語大大学院教授・伊勢崎賢治さん
時代の正体〈16〉語る男たち(4)セクシーじゃなきゃ

時代の正体 神奈川新聞  2014年08月15日 11:00

ライブでトランペットを演奏する伊勢崎さん=7月27日、ジャズ喫茶メグ
ライブでトランペットを演奏する伊勢崎さん=7月27日、ジャズ喫茶メグ

 パーカに短パン、サンダル。カジュアルな装いで全身を揺らし、酔いしれるように奏でる。エネルギーに満ちた音色が、トランペットから響き渡る。月に2回ほど、プロとしてジャズライブを開いている。曲の合間に、寄せる思いを語る。

 「NATO(北大西洋条約機構)と米軍がアフガニスタンと戦争してから、毎回やると決めた曲です。足跡をつけた米軍は今年中にアフガンから撤退します。『Footprints』」タイトルや曲調が自分の言いたいこととマッチするものを選ぶ。

 「ジャズって社会性のある曲も結構ある。歌詞があるとお説教っぽくなるから、あえて言葉にしないでメロディーに込める」ちまたにあふれる、きれい事ばかり並んだ歌詞が嫌いだ。ジャズのルーツは黒人奴隷の音楽。「『苦しい、苦しい』じゃなくて、わざと明るく恋の歌を歌ったり」

戦場の正義


 早稲田大大学院に進み、インドへ。非政府組織(NGO)スタッフとしてスラム街の住民運動に携わった。国連職員となり、2001年に内戦後の西アフリカ・シエラレオネで、03年からは対テロ戦争でタリバン政権が崩壊したアフガニスタンで、国連や日本政府の代表として武装解除を指揮した。多くの人間を殺した兵士たちと接し、紛争の現場を肌で感じてきた。

 「戦場の正義ってかっこいいじゃない。命懸けで愛する人を守る、みたいなね」。劇的で、魅惑的。「でも、その延長で政治を語られたら困る。それに対抗するにはどうしたらいいかな、とずっと考えてた」

 トランペットを手にしたきっかけは、シエラレオネでのことだった。ルームメートのアイルランド人が持っていたジャズトランペットの世界的奏者、マイルス・デイビスの名盤をたまたま聴いた。「すげーなって、驚愕した。なんでこんなに自由奔放なんだろう、と」武装解除のため続いて赴任したアフガニスタンの地で、インターネット上の動画を参考に自己流で吹き始めた。

 「当時、大使館の危機管理が全然なってなくて、いつでも殺されかねない状態だった。今度こそ死ぬんじゃないかと思って、思い残すことがないようトランペットを買って持っていったの」

 戦禍に身を投じてきた歩みから「紛争屋」を自称するが、武装解除の仕事を再びやりたいとは思わない。「戦争犯罪者、いわば極悪人の利害調整。あんなことやりたくないよ。特に初期が一番怖い。信頼関係ができてないから」

 ならば、なぜ-。

「悪いやつの言い分を聞いてやらないと戦争が終わらない。そう思ったら、やるしかないよね」その国の人々を愛し、寄り添い、誰よりも平和を願って汗を流した。

現実的議論


 紛争の絶えない世界で日本はどんな役割を果たすべきか。自衛隊を海外に送るべきか。送った先で何をすべきか。その議論が国内で深まらない。「もし集団的自衛権の行使容認が閣議決定されていなかったら、9条を守れて万々歳かもしれない。でも結局、今までと同じ」自衛隊は米国とNATOのアフガニスタン攻撃で、インド洋上での給油活動に加わっている。イラクにも派遣された。

 「後方支援という非常に無理な形で送られ、危ない状況を逃げ切ってきた。今まで何も起きなかったことがおかしい」紛争の現場では、戦闘員と一般市民の区別がつかない。ゲリラ部隊は住民の中に紛れ込む。「例えば『あの部族を殺せ』と排外の思想にあおられた住民が、助けを求める人々をかくまう自衛隊員に迫ってきたら…。ものすごい恐怖ですよ。彼らに向けて発砲しちゃうかもしれない」

 「事件」はいつでも起きうる状況だった。これまで起きなかったのは、たまたまだ。「自衛隊の存在を法的に認め、他国の人を殺すかもしれないという前提で議論すべきだ」。自衛隊を認めた上で、海外派遣するならばそのための法整備が必要になる。殺したくも殺されたくもないなら、防衛に徹する組織にするしかない。

 現実に即して意見を交わしたくて、元自衛官らと「自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会」を立ち上げた。6月の発足シンポジウムでは、武装解除に成功したアフガンで米軍幹部から「武力行使なしの軍事貢献」と評価されたことを紹介し、「日本は紛争地帯でイメージがいい。テロとの戦いは戦場となっている国の民衆の心をいかにつかむかが根幹で、軍事力の行使は逆効果。日本は特性を活かし、対テロ戦で集団的自衛権を積極的に行使すべき。ただし、非武装で」と持論を説いた。

 ただ、護憲派はこれまで否定してきた自衛隊の存在を認めたくなくて、議論に加わろうとしない。政権側の理屈も、はなから「巧妙な小細工」が施されていた。「邦人を乗せた日本近海の米艦を防護するなんて、最も起こりそうにないことを想定してどうするの。現実の紛争では、点在する邦人を大使館に集め、空港や港に運ぶまでが大変なんだから。日本近海まで来たら、もう胸をなで下ろしてる」

 だが、集団的自衛権の行使容認が閣議決定されたことは予想できた結果だ。関連法案の審議は秋の臨時国会以降。動じることはない。「法整備に入るこれからが勝負。手綱を緩めちゃいかん」

伝えるには


 東京外国語大大学院で教壇に立ち8年。平和構築・紛争予防学を教える。自らの主張をジャズに込めるように、学生たちには「どんな研究も伝わらなきゃ意味がない」と説く。「ホットな話題をホットに、みんなが気づいていない視点から掘り下げ、どう関心を引きつけるか。完全なエンターテインメント性と真摯な研究があるとしたら、その中間を狙わなきゃいけない」

 自身にとっては一つの表現手段がジャズだ。「ジャズって、かっこいいかどうかが全て。学生にも『一般人が金を出してまで聞きたいと思うような研究をしてみろ』と言います。金を取れるってつまり、セクシーってこと」それが「戦場の正義」に対抗しうるものなのかもしれない。ライブは終盤に差し掛かっていた。

 路地裏の小さなライブハウスに集まった20人ほどの観客へ最後のメッセージを届ける。「平和、平和ってあんまり言わないほうがいいのかもしれません。言い過ぎると、大事なもの守るために戦争しちゃう。でもね…」締めの1曲は、「Peace」だった。

いせざき・けんじ 1957年東京都生まれ。東京外国語大大学院教授。シエラレオネ、アフガニスタンで武装解除を指揮したほか、東ティモールで国連平和維持軍を統括した。


シェアする