1. ホーム
  2. 時代の正体
  3. 時代の正体〈11〉排他の空気 ときを彫る(下)

彫刻家・中垣克久さん
時代の正体〈11〉排他の空気 ときを彫る(下)

時代の正体 神奈川新聞  2014年08月07日 10:00

撤去要請騒動後に新たに創作した「時代の肖像」と中垣さん=東京都立川市の国営昭和記念公園内のギャラリー
撤去要請騒動後に新たに創作した「時代の肖像」と中垣さん=東京都立川市の国営昭和記念公園内のギャラリー

 安倍晋三首相らの靖国神社参拝を批判した造形作品「時代(とき)の肖像」が展示会場の東京都美術館(東京都台東区)から撤去を求められた騒動から半年。作者で彫刻家中垣克久さん(70)は案じていた。

 「異なる意見を受け入れず、排除するという不寛容さが社会全体に広がっていないだろうか。これは一過性の騒動にとどまらない問題ではないはずだ」

 5月下旬。作家仲間で集った宴席、中垣さんが口火を切った。

 「都美術館は今回の騒動がこの先、自分たちの足かせになるということを認識しているだろうか。他の作品で再び撤去を求める声が上がった時、『中垣には要請したじゃないか』と迫られたら言い返せないはずだ」

 そうなれば展示できる作品はどんどん減っていく。耳を傾けていた女性作家の一人はうなずき、そして考え込む。

 「分からない。靖国を批判した作品なら昔からあった。なぜ今、美術館を動かすほどの力が働いたのか。批判を恐れ、自主規制というやすきに流れた美術館の対応だけが問題の本質ではないはずだ」

 問題視されたのは、作品に貼られた「憲法九条を守り、靖国神社参拝の愚を認め、現政権の右傾化を阻止」と書いた紙だった。

 中垣さんも合点がいっていなかった。騒動が起きる以前にも靖国参拝を批判した作品を発表していた。別の美術館での公開だったが、物言いはつかなかった。今回、都美術館での公開初日も会場で批判されたり、食ってかかられたりすることはなかった。

 公開2日目に撤去を求めてきた美術館側は、来館者から作品を問題視する問い合わせが寄せられたと中垣さんに説明した。

 「なぜ作家を通り越し、美術館に苦情が行ったのか。会場で作品意図を尋ねてくれれば、それが批判でも僕は耳を傾けた。表現者として、さまざまな意見にさらされるのは宿命だと思っているから。姿がなければ出会うことも話し合うこともできない」

 そして、インターネット上にあふれた非難と中傷。

 「美術館に働き掛けたのがどんな人々だったのかは知る由もない。それでも暴力にならなければ、いろんな意見の対立は健全なことであっていい。ただ、それはお互いを消し合わないことが前提のはずだ」

 ネット上でなされた作品への批判の多くは騒動が報道で明るみに出てからだった。中垣さんはどれだけの人が実際に目にした上で作品を論じたのか、疑問に思っている。

レッテル貼りの分断


 中垣さんが戦争を題材に創作するようになったのは1990年代の後半からだった。子育てを終え、振り返った時、子どもたちにかつての戦争についてきちんと伝えてこなかったという悔悟が湧き上がった。

 それまでは音楽をテーマにした作品が多かった。作風の変化に「前の作品の方がよかった」

 「おどろおどろしいものより、楽しい作品が見たい」という声が寄せられた。

 貼られた「サヨク」のレッテル。

 「左の立場の意見にも、右の側にも、見るべきところ、足らざるところがあるはずだ。そもそも、よりよい明日をつくりたいという思いに左も右も関係ない。多様な立場と意見がそろっていて、溝を埋め合うことで新しい考えや言論をつくり上げていくべきだ。レッテル貼りは分断しか生まない」

 中垣さんは漫画「美味しんぼ」の描写をめぐる騒動に自身の騒動を重ね合わせる。

 「展覧会の打ち切りをちらつかせながら作品の撤去を迫った美術館のやり方と、大きな権力を有する閣僚や政治家らが批判に傾いた姿はまさに同じ。単に表現の自由を損なうだけでなく、作品に共感する声なき声を奪うことに自覚も配慮もまったくなかった」

 劇中で東京電力福島第1原発を訪問した主人公が鼻血を出す場面が批判と抗議を呼んだ。

 「作品ですら表現することが許されなくなれば、福島の人たちは鼻血が出たことも、低線量被ばくの影響に不安を覚えていることも口にできなくなってしまう。すべて風評被害だと決めつけられるから」

 安倍首相は視察先の福島で漫画を念頭に「根拠のない風評には国として全力を挙げて対応する必要がある」と発言をした。

 中垣さんは首を振る。

 「作品が描いたものが風評だと思わない人もいた。だから作品に支持や共感の声が上がった。異なる意見に退場を求めるのでなく、それを通じて考えを深めるきっかけにするべきだ」

新たな視座を求めて


 海老名市のアトリエにドイツ・ベルリン在住のギャラリーオーナー、ムラタ・マナビさん(42)が訪ねて来たのは6月上旬だった。

 友人から作品撤去騒動を聞かされ、わざわざ来日した。時代の肖像の実物を目にし「勇気ある素晴らしい作品だ」と何度もうなずく。芸術の社会とのかかわりに関心を寄せ続けるマナビさんは「加害の歴史への反省を求める中垣さんの作品はドイツの人々にもきっと響くはずだ」と感想を語った。

 今回の騒動を「そもそも政治的でない、主張がないアートなどありえない。ドイツでは起こりえないことだ」とも語り、中垣さんを励ました。そして、ベルリンで今秋、展覧会を開くことが決まった。

 「作品の評価だけでなく、ドイツの人々にも見てもらおうと言ってもらえたことがうれしかった」という中垣さんはいま、時代の肖像の新作に取り組んでいる。小ぶりの高さ30センチほどのドームを数十個用意する。「持ち運びがしやすければ、より多くの人の元にも持って行ける」。都美術館で問題視された作品も展示するつもりだ。

 中垣さんは言う。

 「見たいものだけを見て、聞きたいものだけを聞く。地続きの隣国を持たない日本は歴史上、政治も社会も内向きの視点に凝り固まってきた。でも、同じ時代を生きる世界の人々がどう見るのかを知れば、揺さぶられるものがあるはずだ」

 その声は今の自分たちの姿を知る鏡となり、時代を覆う閉塞(へいそく)感を解く鍵は、アートが命とする多様性の力にこそあると中垣さんは信じる。

◆漫画「美味しんぼ」の描写問題 4月発売の週刊ビッグコミックスピリッツ掲載の人気漫画「美味しんぼ」の「福島の真実」編で、東京電力福島第1原発を訪れた主人公らが鼻血を出す場面が描かれた。差別や風評被害を助長するとして、福島県知事や石原伸晃環境相ら閣僚が批判や不快感を表明。一方、滋賀県知事らは擁護するなどし、「科学」や「表現」をめぐる論争が繰り広げられた。連載は予定通り続行され、同誌は福島の自治体関係者や識者の賛否両論を載せた特集とともに「批判を真摯(しんし)に受け止める」とする編集部見解を誌面に掲載した。


シェアする