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海難救助の精鋭に密着 海上保安庁「特救隊」

社会 神奈川新聞  2014年08月05日 11:08

烏帽子岩を目指し10人乗りのゴムボートを3人ずつ交代で押す特殊救難隊の隊員=茅ケ崎市沖
烏帽子岩を目指し10人乗りのゴムボートを3人ずつ交代で押す特殊救難隊の隊員=茅ケ崎市沖

射るような陽光が水面にきらめく。夏本番、海水浴客でにぎわう茅ケ崎海岸の沖合、足ひれでしぶきを上げながら10人乗りのゴムボートを押し進める一団が、いた。海上保安庁特殊救難隊。「特救隊」と呼ばれる海難救助の精鋭の中の精鋭である。6人の部隊が目指したのは烏帽子岩。相模湾に浮かぶ無人の岩礁で行われた一昼夜にわたる訓練に記者が密着した。

◇厳しい現場で救助

「おらぁ! 膝が曲がってんぞ! 右だ、右。分かってんのか、しっかり押せ」

足をばたつかせ、あえぐ隊員に船上の先輩隊員から叱咤が飛ぶ。烏帽子岩は茅ケ崎港から約2キロ。ボートは訓練備品や宿泊装備を満載し、人力では真っすぐ進むのさえままならない。2基のエンジンを回せば10分足らずの距離を2時間かけてたどり着いた。

「泳力の鍛錬。いざというとき、頼りは泳ぐ力。万が一ボートのエンジンが止まったときの想定でもある」

入隊5年目の和多田聖さん(32)は涼しげに言ってみせた。隊長として27~36歳の隊員5人を率いる。

□過酷な条件再現

ボートを接岸させ、手際よく装備を岩礁へ運び込む。ボンベやフィンなどの潜水器具一式、訓練用の資機材、食料、調理器具。弁当やパンをかき込むと午後の訓練の準備に取りかかった。障害突破訓練だ。

絡み合った網と筒状に丸めたブルーシート、塩化ビニール管で作った1メートル四方ほどの枠を岩礁と岩礁の間を抜ける狭い水路に仕掛ける。そこをくぐり抜ける。

打ち寄せるうねりが複雑な形状の水路に流れ込むと波高は増し、流れも瞬時に変化する。背負ったボンベに網が絡めば、すべての装備を水中で外し、仲間のボンベを共有しながらロープをたぐって出口を目指す。

自然の潮流やうねりが激しく行き交う状態が転覆船の内部とよく似ており、仲間と連携しながら冷静に空間を把握し、前へと進む訓練になるのだという。

□こぼれ落ちる命

和多田隊長は言う。

「特救の使命は、特救でしか対応できない厳しい局面でも安全を確保しながら、いかに人命を救うかにある」

それでも救えない命がある。今夏のことだ。水難の一報を羽田特殊救難基地で受けた。当直中の和多田隊長と隊員の2人でヘリに乗り込み三浦半島沖へ飛んだ。

着衣や40代の男性という情報を基に入り組んだ岩場に目を凝らす。海中の色がそこだけ不自然に白んでいた。「何か沈んでいる」。ヘリを近づける。水深3メートルほど。ワイヤで降下する。地元消防の水難救助隊のダイバーとともに陸へ搬送した。息を吹き込み胸骨を圧迫する。手を尽くしたが、戻らなかった。

指の間からこぼれ落ちるような命。

「特救は自分にとって頂点。でもその頂に立ってあらためて気付く。果てのないゴールを目指し続けることなのかもしれない、と」

遠くに視線を結び、和多田隊長はつぶやいた。

幼少、公務員だった父とよく海釣りに出かけた。高校を卒業するとき、海上保安大学校の存在を知った。「海を専門に人命を守る公職があるのか」。1学年30人ほどの狭き門をくぐり抜け、さらに目指すなら最高峰と特救を希望した。

烏帽子岩を闇夜が包む。訓練は終わらない。隊員たちは漆黒の海へ潜っていった。シュノーケルの先端に付けた蛍光色の発光体がぼわっと海中を照らす。夜間の水中捜索訓練だ。

午後9時半。ようやく夕食にありつく。アルミ鍋にモツとキャベツ、モヤシ、ニンジン、豆腐を放り込み、煮立てる。残った汁に白米を入れて平らげる。

□殉職者ゼロ守る

岩場に布で屋根を張り、寝付いたのは午後11時。潮騒だけが辺りを満たす。

「煮炊きと宿泊を含めた一昼夜の訓練は、災害派遣での円滑な行動や、隊員間の連携に大きな効果がある。夜を捜索現場で過ごさなければならない局面で、まごまごしていられない」

どこでも飯を食らい、寝てみせる。実践に近い訓練こそが経験として生かされるのだと和多田隊長は言う。

翌朝、起床は午前7時。炒めたソーセージをパンに挟み口に運ぶ。

まずは磯波訓練。岩礁に打ち寄せる白波の力を利用し、絶壁を駆け上がる。岩場で孤立した人を救助するための技術。波の動きを読み、体の使い方、タイミングをたたき込む。

ボートに乗り込むと水深35メートルのポイントへ向かう。深々度潜水訓練。3人が海底に石を三つ置き、残る3人が回収して戻ってくる。定期的に体に水圧をかけておかないと、耐性がつかないのだという。

予定の訓練を全て終えたのは昼すぎ。港へ戻り、和多田隊長が一息つく。

「やはり重責です」

隊長の任に就いたのは今年4月。創設39年を迎えた特救隊は厳しい現場に直面しながら殉職者ゼロを堅持している。

「隊員たちの人命を預かっている。皆、家族がいる。考えては駄目と分かっていても、ふとした時に頭をよぎる」

自身も2児の父。横浜海上防災基地へ戻り、装備を片付けたら午後8時を回っていた。

「家で妻が夕食を作って待っているので」

ようやくこぼれた笑み。自分たちが命を落とせば助かる人も助からなくなるという、特救隊のそれが矜持であり、存在理由-。

◆特殊救難隊(特救隊)

海上保安庁職員約1万3千人の中から体力、潜水、判断能力が特に優れていると認められた潜水士のうち7カ月間の厳しい業務研修をくぐり抜けた36人で構成される。平均年齢は30歳。

海上での病人やけが人の救急救助のほか転覆、沈没した船内へ潜水して人を助け出したり、ヘリコプターから降下して救出するなど高度な特殊技術を駆使して水難救助にあたる。

海難事故への緊急出動に加え、危険物を積んだ船舶での火災・爆発、毒物流出など特殊な事案にも対応する技術も積んでいる全国で唯一の組織で「海難救助の最後の砦」ともいわれる。

隊員たちが常時詰めているのはヘリコプターや航空機で即座に飛び立てる羽田空港敷地内の「羽田特殊救難基地」。横浜市中区にある横浜海上防災基地でたゆまぬ厳しい訓練を繰り返しながら、6班を編制し24時間態勢を維持し続けている。

1975年発足。「海猿」や「特救」などとして漫画や映画でも取り上げられたことでも知られる。

【神奈川新聞】


岩礁に打ち寄せる荒波を使って3メートルほどの絶壁を一気に駆け上がる特殊救難隊の隊員(手前)=烏帽子岩
岩礁に打ち寄せる荒波を使って3メートルほどの絶壁を一気に駆け上がる特殊救難隊の隊員(手前)=烏帽子岩

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