1. ホーム
  2. カルチャー
  3. 【ひとすじ】字が読めないからこそ

恐竜学者、ジャック・ホーナー
【ひとすじ】字が読めないからこそ

カルチャー 神奈川新聞  2014年07月21日 11:00

恐竜の魅力について語るジャック・ホーナー博士
恐竜の魅力について語るジャック・ホーナー博士

 待ってましたとばかりに野太い声を弾ませた。

 「ウェルカム・トゥ・ジュラシック・パーク!」

 動くトリケラトプスの模型にまたがるや、でっぷりとした腹を揺すって「カウボーイ!」。ティラノサウルスの口に頭を差し込み、食べられるふりをしておどけてみせる。

 ジャック・ホーナー、永遠の少年を思わせる68歳-。恐竜研究の歴史を塗り替える発見を次々となし、1993年公開の大ヒットSF映画のモデルにして、いまなおフロントランナーであり続ける。

 自身が監修したヨコハマ恐竜展、世界で最も高名な恐竜博士はたちまち男の子たちに取り囲まれ、サインと握手を求める長い列ができた。

 「学校の授業は苦手だった。だから教室の外へ出て、たくさんのことを発見できたんだ。それがこの恐竜さ」会場に並ぶ化石のほとんどが故郷の米国モンタナ州で掘り当てたものだった。

理解者



 「ディスレクシア(読字障害)って知っているかい。読み書きができないんだ」

インタビューで少年時代を振り返ってもらうと、陽気な口ぶりはみるみる沈んでいった。

 「みんなから『のろま、怠け者』と言われてきた。学校の先生は理解してくれず、支えてくれた人は少なかった」

 テストでは解答用紙に答えを書く以前、問題を読むことができなかった。高校を総代で卒業し、会社を経営していた父は露骨にさげすんだ。


 「おまえの人生は終わっている」。真っすぐに向けた目に涙がたまっていく。最後は声を振り絞るようにして言った。「でも、母が支えてくれたんだ」

 転機は8歳。母に車で連れられた採石場で恐竜の骨を見つけた。「手にした骨にとても興奮し、わくわくした。恐竜は大きく、多様で、絶滅し、世界中にもういない。そこがいいんだ」

 母は化石掘りによく連れて行ってくれた。骨を持ち帰り、図書館で恐竜の本を探した。字が読めなくても、飽かず絵を眺め、太古に思いをはせた。見つけた骨と照らし合わせ、骨格の構造を覚えていった。

 12歳の時、発掘した化石が市の図書館に展示された。14歳で初めて恐竜の頭骨を発見、科学コンテストで4度優勝した。

 「私の歩みはとてもゆっくりで、時間がかかる。コンテストでは、準備に時間をかけ、他の人が考えつかないようなことを考えようとしていた」。

 活躍が認められ、地元のモンタナ大に招かれる形で入学することになる。地質学、動物学、人類学、植物学の知識を深めた。だが、すべての講座を落第し、卒業はできなかった。学位がなければ研究者にはなれない。別の大学で、化石についた土や石を削り取る職を得た。高卒でも応募できたからだった。

贈り物



 その名を世に知らしめる発見をしたのは、そのころだ。ひとかたまりになっている何頭もの子どもと親の化石を見つけた。子どもの歯にはすり減った痕があった。ここは巣で、親がエサを与えていた証拠ではないかと考えた。

 常識を覆す論文は科学誌の権威、ネイチャーに掲載された。恐竜は子育てをする-。しゃべったことを書き取ってもらった自身初の論文だった。

 「当時の科学者は、恐竜は爬虫(はちゅう)類と同じようなものだと考えていた。卵を産めばそれで終わりで、社会性のない生き物だとね」

 恐竜が群れをつくって生活していた証拠を次々と示していった。

 「多くの科学者がいろいろな文献を読みすぎて、恐竜は子育てしないと信じ切っていた。十分に深く考えることもなくね。私にとっては恐竜が赤ちゃんを育て、社会的な行動をすると理解するのは簡単だった。それまで恐竜についての文献をそれほど読んでいなかったからだ。私の気持ちは常にどんなことにも開かれていた」

 40歳の時、研究が評価され、卒業できなかったモンタナ大から名誉博士号を贈られた。「それは名誉なことではあったけどね」。教授として迎えられ、研究室を持ち、大好きな恐竜研究を続けられたことの方が、うれしかった。


展示されているトリケラトプスの動く模型に乗るホーナー博士=横浜市西区のパシフィコ横浜
展示されているトリケラトプスの動く模型に乗るホーナー博士=横浜市西区のパシフィコ横浜


 誰よりも多くの化石を見つけられたのには訳があった。一目見た地形に恐竜が暮らしていたさまが映し出され、一つの骨に全体像が浮かび上がるのだという。

 同じ障害のある日本の子どもたちに伝えたいことがある。

 「自分たちの脳の働きは他の人たちとは違う。文字が読めなくても、非常にクリエイティブだ。枠にはまらない考え方ができる。それは、障害のある私たちへの大きな贈り物さ」

 主人公のモデルとなり、監修を務めた映画ジュラシック・パークの公開から約20年。監督のスティーブン・スピルバーグが自身もディスレクシアであると公表したのは2012年のことだった。

 そしていま、映画で描かれた恐竜をよみがえらせるという物語を現実にする研究が始まっている。

ディスレクシア 学習障害の一種で、知的な発達に遅れはないのに文字の読み書きに著しい困難をきたす。読字障害、失読症、識字障害とも呼ばれる。最近の研究では脳の情報処理が一般の人と異なっていることが明らかになっている。通常学級に通う小中学校の児童・生徒約5万3千人を対象にした2012年の文部科学省の調査では、知的発達に遅れはないものの「読む」「書く」ことに著しい困難を示す児童・生徒の割合は全体の2・4%だった。

 ジャック・ホーナー 1946年米国モンタナ州生まれ。新種を含めた数々の恐竜の化石を発掘し、170以上の学術論文、9冊の一般書を執筆。子育てをする恐竜について書いた「子育てマイア発掘記」はニューサイエンティスト誌で「20世紀で最も重要な250冊の科学の本」の一つに選ばれた。モンタナ州立大学名誉教授、ロッキー博物館で作品収集や展覧会企画に関わる専門職員キュレーターを務める。=敬称略〈つづく〉


シェアする